中学時代のブラック部活で私が経験したパワハラの具体例を紹介【003】

どうも、てつです。

やりたくないのにやらなければならないことが次々に現れ始めた中学生1年生。【002】に引き続き、過去の記憶を辿りながら私がうつになった原因を検証していきます。

今回は、中学時代に経験したブラック部活の話を紹介します。

陸上部がなかったのでバスケットボール部に入部

小学生と中学生との間で大きく異なる点として、定期テストや部活動の存在が挙げられます。

前回(やりたくないのにやらなければならないことが次々に現れ始めた中学生1年生。【002】)は、定期テストについてお話ししましたので、今回は部活動についてお話ししようと思います。

私は両親が陸上競技部出身だということや、自分自身が球技が苦手だということから、中学では陸上部に入ろうと考えていました。

しかし、私の在学中には陸上部がなかったので、他の部活に入るしかありませんでした。

小学生の時から仲良くしていた友達が入るからという理由で、球技が苦手なのにバスケットボール部に入ることにしました。

結果、ドリブルもパスも下手だったので、チームの戦力にはなりませんでした。

バスケットボールに必要な、長距離を走り続ける持久力もなかったので、練習では毎日のように吐きそうになっていました。

内申点が下がるのが怖くて退部できなかった

入部してすぐに辞めたいと思いましたが、両親に引き留められたこと、辞めてしまうと高校進学時の評価対象である内申点が下がってしまうことなどを理由に、結局3年間続けてしまいました。

勉強の時と同じく、

「辞めたいけれど、辞めるべきではない」

という具合に、自分の本音を押し殺して行動してしまいました。

 

自分に合わないと思っても、「経歴に傷がつくから」と、本音を押し殺して、すぐに学校や会社を辞められないという心理に似ています。

本音を押し殺して耐え忍ぶことで、経歴に傷はつかないかもしれませんが、自分の心と体に取り返しのつかない傷がつくかもしれないということを、私たちは意識しておかなければなりません。

根性練習とパワハラは日常茶飯事だった

チームの半分がヤンキーで、戦力は市内でも最低クラスでした。

弱いチームにありがちなようですが、練習内容は根性論による非合理的なものでした。

強いチームは実戦を想定して高い集中力を保ったまま、目的のはっきりした合理的で質の高い練習をするため、練習時間が短い傾向にあるようです。

しかし、私のいたチームはその真逆でした。

練習の質が極めて低く、時間だけが異常に長いという状況でした。

顧問やコーチからの暴言や暴力などのパワハラは日常茶飯事でした。

殴られてもチームは強くならなかった

怒鳴ったり殴ったりするほどにチームが強くなるのならまだしも、いくらパワハラをされてもチームは強くなりませんでした。

強くなるどころか、私を含め恐怖によって委縮する部員も多かったです。

意味不明・目的不明な、ひたすら苦しくて長い練習を毎日課せられました。

休みはほぼ無し

基本、週に6日間活動があり、唯一の休日も部長の思い付きで毎週のように長時間のミーティングがありました。

お正月くらいはさすがに休みかと思いきや、部長の思い付きの根性論で、
「青春の元日練習」

なるものが実施されて、休みは皆無でした。

定期テストの期間には、学校の制度によって部活が休みになりましたが、部長からは、

「自主練習してくれ」

と言われていました。

始業前には朝練習もあり、朝食をとった直後に走らされ、毎日吐きそうになり、疲れ切った状態で授業を受けていました。

放課後も、学校の規定の時間を超えて遅くまで活動することが多かったです。

当然皆疲れ、集中力を欠いたまま漫然と練習することになります。

練習の目的も理解できないまま、ただただ苦しい拘束時間が早く終わることを祈るのみです。

連帯責任制度の恐怖

一人がミスをすると全員で罰を受ける「連帯責任制度」というものがありました。

そのため、練習中は無意味な緊張感が漂い、失敗した人は他のチームメイトから責められたり、練習以外でいじめられたりしていました。

チームの雰囲気はギスギスし、バスケが下手な部員ほど、ビクビクしていました。

チームワークが命のバスケットボールという競技において、部員同士の信頼関係を破壊する極めて愚かな制度であったと言えます。

もし当時の指導者が、「連帯責任制度」によって、チームワークの向上を図ろうとしていたのであれば、全くの逆効果だったと言えます。

休日は丸一日練習

休日は学校の体育館を使って練習することが多かったです。

午前中体育館が使えるときは、午後から校庭で走り込みをしました。

午後から体育館が使えるときは、午前中に校庭で走り込みをしました。

午後から走り込みが控えていると分かっていれば、午前中は体力を温存するために部員は全力を出そうとしません。

午前中に走り込みをさせられた場合は、すでに体力を消耗しきった状態で午後の練習に取り組むことになりなりました。

練習の質という観点で考えると、非常に悪い練習の仕方であると言えます。

学校の体育館が使えない日は、他の中学校へ遠征して練習試合などをしていました。

休日はほとんど一日中拘束され、長時間の練習を課せられました。

夏休みなどの長期休業中もほとんど毎日朝から晩まで練習がありました。

今思い出すだけでもゾッとします。

試合に出るのが怖い

バスケが下手でそれほど好きでもなかった私は、いつも補欠でした。

しかし、レギュラーメンバーが病気や怪我のために、試合に出場できないときは、代わりに出場させられました。

先ほども触れたように、顧問やコーチからのパワハラは日常茶飯事だったので、

「試合でミスをした怒鳴られる。殴られる。怖い。」

と思っていました。

ですから、試合に出るのはとても嫌でした。

一般的には練習の成果を試合で発揮して活躍したいと思うことが多いのではないかと思いますが、私は真逆でした。

ブラック部活とブラック企業の類似点

私が中学生の頃はまだ一般的な言葉ではなかったようですが、今思い返すと完全にブラック部活です。

しかし、当時はそれが普通、それが常識だと洗脳されていましたので、ただひたすらに日々の苦行に黙って耐え続けていました。

3年生になって、部活を引退したとき、

「あぁ、やっと解放された」

と安心したことを今でもよく覚えています。

 

長時間練習することは良いことだという発想は、そのまま、長時間働くことは良いことだという考え方につながると思います。

日本人の労働に対する考え方なども、中学生くらいの時から既に洗脳が始まっていたのではないかと疑われ、非常に恐ろしく思います。

会社の上司が「長時間労働は素晴らしいことだ」と言うような考え方の人間であれば、部下がどういう目に合うのかは火を見るより明らかです。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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