やりたくないのにやらなければならないことが次々に現れ始めた中学生1年生。【002】

どうも、てつです。

前回( 幼少期の記憶とうつの芽生え。常識という名の多数派グループから追い出される私。【001】)に引き続き、過去の記憶を辿りながら私がうつになった原因を分析していきます。

今回は、中学1年生で初めて定期テストを受けた時の話です。

中学生になって初めて知った父の優秀さ

ただただ、毎日が楽しく、ワクワクしながら過ごした小学校生活も終わり、いよいよ中学校に進学しました。

その時初めて、父が優秀な人物であるということを知らされました。

  • 中学時代の学業成績がトップクラスだったこと
  • 中学卒業後は、県内最難関の公立高校に進学したこと
  • 高校卒業後は、難関国立大学に入学したこと
  • 難関大学卒のエリートサラリーマンであるということ
  • 父の年収が、平均的な家庭に比べてかなり高いということ
  • 部活動の長など、学生時代から頻繁にリーダー的な役職についていたこと
  • 部活動でも優秀な成績を残していたこと

父が優秀だと知るたびに、私は少しずつプレッシャーを感じ始めました。

特に直接的に「勉強しろ」などとは言われなかったのですが、

「私も優秀な人間にならなければならない」

と、子供ながらに思っていました。

初めての定期テスト

中学一年生の初めての定期テストの時のことは、とても印象に残っています。

小学生まで、ただただ毎日楽しく遊び続けていた私、

遊ぶ時間が無くなるのが嫌で塾に行くことも拒否していた私が、

遊ぶ時間も睡眠時間も削って初めて必死で勉強したのです。

その時、父に言われた今でも忘れられない言葉があります。

「お父さんは中学の英語の定期テストは、ほとんど100点だった。教科書に書かれた英文を丸暗記すれば、てつも100点が取れるよ。英語なんてやれば誰でもできる。言葉だから。」

そう言われました。

確かに正論です。

しかし、

「100点を取らないと、勉強をサボっていると思われてしまう。」

と思い、私はプレッシャーを感じました。

このようなプレッシャーを感じたことが、私が勉強を頑張った一つ目の理由です。

 

そして、もう一つ理由があります。

私の通っていた中学校は、ヤンキーが多く、「勉強を頑張るのはダサい」という考え方をする人が多数派を占めていました。

自己紹介前回の記事でも少し触れたように、小学校でサッカーや野球のクラブチームに入っていた多数派グループの人たちが、中学のヤンキーグループの約半数を占めていました。

私は小学生の時から、「自分は少数派である」と思っていましたし、多数派に対する反抗意識があったので、

「おれとお前らは違うんだ。お前らが勉強しないならおれは勉強する。」

と思い、勉強を頑張っていました。

これが2つ目の理由です。

そして何故そう決めたのか覚えていませんが、5教科合計500点満点の9割以上、つまり合計450点以上を目標に勉強していました。

その結果、父から勉強の仕方のアドバイスをされた英語と、小学生の時から好きだった理科は100点を取ることができ、合計点も450点以上取ることができました。

テストの結果に対する周囲の人たちの賞賛

友達からは、「てつ、お前天才かよ」と言われ、両親からも褒められました。

私も人から褒められて嬉しかったのですが、それと同時に、

「自分がやりたくないことを頑張ってやると、人から褒められるのかな」

「人から褒められるような、人の期待に応えられるような、良い子でいなきゃ」

と思いました。

本当は勉強するより遊びたかったです。

やりたくないけれどやらなければならない

小学生までは、

「自分がやりたいからやる。楽しいからやる。」

「自分がやりたくないからやらない。つまらないからやらない。」

という自然な状態でした。

しかし、中学生になって、

「やりたくないけれど、

やるべきだから
やると褒められるから
父もやっていたことだから
あいつらと同じになりたくないから、

やる。」

ということが、自分の中で初めて起こりました。

 

つまり、小学生までは自分の内側から湧いてくるエネルギーに従って自然に生きていましたが、

中学生になって、

「常識・義務・他者からの期待・他者との比較」

などの自分の外側から加えられた力によって動かされるということが起こり始めたのです。

「やりたくないと感じることでも、やるべきだからやる」

という経験を積み重ね、自分の心の赴くままに生きていた時の感覚を少しずつ忘れ、生きることが輝きを失っていきました。

心の底から湧いてくる、楽しくてワクワクする感覚が、日に日に弱くなっていきました。

 

そして、また一つ

「やりたくなくても、自分の本心と違っていても、やるべきだからやる」

ということができるようになると、

「大人になったね」

と褒められるのです。

 

小学校まで学校の先生から

「本当に子供らしい子供」

と言われていた私は、

中学生になって

「まじめな優等生」

というキャラクターに変わって行きました。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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