約2ヶ月間ブログが更新できなかった原因の自己分析【050】

どうも、てつです。

お陰様で今回、私のブログもついに50記事目を迎えることができました。

誠に、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。

前回の記事【049】では、うつ病により会社を辞めてから約1か月後に、最寄りのハローワークに向かったところまでを描きました。

 

さて、記事【049】の投稿からこの記事を投稿するまでに、約2ヶ月もの時間が経ってしまいました。

今回の記事では、

「早くブログを更新しなくては…。」

と常に頭の片隅で思っていたにもかかわらず、ブログを更新できなかった(しなかった)理由を、お話します。

未消化の新しい過去の記憶

まず、このブログを立ち上げた当初の目的に立ち返って考えます。

そもそもこのブログは、私がこの世に生れ落ちてから、どのようなストーリーを経てうつ病を発症したのか、そしてうつ病のどん底からどのように立ち直ったのかを、自分以外の人に追体験してもらうことを目的としていました。

 

うつ病により会社を辞めることを決断した頃までの記憶は、私にとって今となっては

「完全に消化し切った過去」

という位置づけになっています。

それ無しには自分の人生を語れないというくらいに、重要な経験であり、その経験は完全に消化吸収され私の構成要素の一つとなっています。

過去の辛い記憶に縛り付けられて、今も身動きが取れないという段階はすでに通り過ぎ、その過去を消化吸収し、糧にして「今」を生きています。

 

したがって、辛かった当時の記憶を詳細に思い出し、ブログ記事という形で言語化していっても、そこまで辛さを感じることはありませんでした。

ある程度客観的に当時の自分の心情などを分析することができ、どんなに辛かった経験であっても、時には面白おかしく書いてしまうことができるくらいに、精神的な余裕をもって文章を書くことができていました。

 

ところが、再就職活動を始めるために、まだうつ病が治っていないのにもかかわらず、自分の心と体に鞭を打ってハローワークに通い始めた約3年前くらいからの記憶は、まだ私にとって

「完全に消化し切った過去」

と呼べるようなものではありませんでした。

つまり、ハローワークに通い始めたころの記憶は私にとっては新し過ぎる過去、あるいは現在と言っても良いほどに未消化の記憶であり、私はその記憶に囚われていました。

 

無意識下に抑圧していた

「ハローワークに通っていたころの辛かった記憶を消化しきれていない」

という事実に直面させられた約2か月間でした。

 

今の私は、すでに

「誰にも雇われず、誰も雇わない生き方」(著書『減速して自由に生きる』で知られる、高坂勝先生から影響を受けた考え方)

を実現するための準備を一つ一つ進めているにもかかわらず、ハローワークに通っていた頃に受けた適職検査の結果や、当時大変お世話になったキャリアカウンセラーの方に添削指導していただいた就職面接の原稿などを、未だに処分することができていなかったのです。

 

つまり、

「自分は誰にも雇われず、誰も雇わない生き方をするんだ」

と決心していたつもりが、心の奥底では

「またいつか就職活動をするかもしれないから就活用の資料はまだ捨てないでおこう」

と思っていたことに気づいたのです。

うつ病になる前の私なら無理にでもブログを書いていた

うつ病を発症する前までの私ならば、

「感情に流されずにやるべきことを遂行するべきだ」

と思って、例え気分が乗らなかったとしても、自分の感情を無視し、無理をしてでもブログを書いていたと思います。

(関連記事:過去に感情を無視した結果、私が経験したこと→大学で学科首席を取れたのに心から喜べなかった理由【025】)

 

しかし、私はうつ病の経験を通して、

「自分の心や体から発せられる感情や感覚には、自分にとって重要な意味がある」

ということを学びました。

逆に言えば、

「感情や感覚はデタラメに発せられるものではない」

ということです。

 

したがって、

「自分がやりたくて始めたブログすら更新できない自分は、なんてダメな人間なんだ」

と自分を責めるのではなく、

「何故、自分がやりたいと思って始めたはずのブログであるにもかかわらず、記事を書きたいという感情が湧いてこないのだろう?」

という風に、心身から発せられたメッセージをくみ取り、立ち止まってその意味を考えることにしたのです。

 

また、今の私はうつ病になる前とは違い、

「義務感に追われて気分が乗らないまま書いたって、どうせ良い文章を創り上げることはできない」

と思っていますので、気分が乗らないときには無理にブログを更新しようとはしませんでした。

(まぁその結果、約2ヶ月間も更新できなかった訳ですが…。)

 

 

まとめますと、

今の私は、気分が乗らないとき、

 

「感情に流されずに、自分をコントロールして、やるべきことを遂行しよう」

 

とするのではなく、

 

「どうして気分が乗らないのだろう」

「何かこの感覚には意味があるのではないか」

「自分が意識することのできないような深層意識のレベルで、何らかのブレーキがかかっているのではないか」

 

と考え、

 

「自然とやる気が湧いてくるようになるまで気長に待つ」

 

という選択をすることができるようになったのです。

やる気が出ない理由と向き合った結果得られた気づき

その結果、見えてきたのが前述の

「自分にとって未消化の、新し過ぎる過去について語ろうとしているから思うように書けないんだ。私は今もまだ、うつ病を抱えながらハローワークに通っていたころの記憶に縛り付けられている。」

ということでした。

(補足ですが、ハローワークに通っていたころの記憶が、今の私の日常生活の悪影響を及ぼしたわけではありません。辛かったころの記憶をありありと思い出して言語化するという特殊な状況、すなわち、ハローワークに通っていたころについてのブログ記事を書くことに対して、嫌悪感を抱いていたのです。)

 

したがって、私がブログを書くモチベーションを回復させるためにとった行動は、

 

「一端ブログから離れること」

「うつ病を抱えながらハローワークに通っていたころの記憶にケリをつけること」

 

でした。

 

これらの行動は一見すると、

「ブログを更新できる状態になる」

という目的を達成するための手段としては、有効ではないように思われます。

しかし、この行動選択は、対処療法的なアプローチではなく、根本療法的なアプローチであるという見方もできるのです。

 

もし、

「ブロブを書くやる気が出ないのは良くないことだ」

と判断し、その問題を対処療法的に解決しようとしたならば、

「自分を厳しく律し、時間管理を徹底して、毎日1時間はブログを強制的に書くようにしよう」

といった手段を取ることになる訳ですが、それでは「ブログを書く気が起きない」という問題の根本解決にはなりません。

 

自分の感情や感覚を無視して、外部からの強制力によって、一時的に「ブログを更新する」ということが成し遂げられ、表面的には問題が解決してように見えても、根本原因である「ブログを書くエネルギーが湧いてこない」という問題が何も解決されていないため、またすぐにエネルギー切れを起こしてしまい、再びブログが書けない状態になってしまうのです。

また、嫌々やったところで良い仕事はできないでしょう。

(関連記事:「苦手」を克服する努力と「好き」を得意に成長させる努力の違い【012】)

 

「ブログを書く気になれない」

という問題に対処するために私がとるべき行動は、

「強制的にブログを書くように自分を追い込むこと」(対処療法的アプローチ)

ではなく、

「何故ブログを書きたいという気持ちが心の底から湧いてこないのかを突き止める」(根本療法的アプローチ)

ことなのです。

直感に従って行動することで見えた突破口

うつ病を経験して以来私は、自分でも原因がよく分からない(言語化できない)場合は、行動の選択を自分の本能や直感や感性に委ねることにしています。

言い換えますと、理性的な判断をせずに行動するということです。

何故なら、理性的な判断というのは、自分の顕在意識の上に現れた、すでに自分が言語化することができている事象を組み合わせて行うものだからです。

つまり、今回のように自分でも原因が分からない(根本原因が無意識下にあり言語化できない)問題に対処する手段として、理性的な判断を用いても、突破口が見えないことが多いと思うのです。(あくまで私の個人的な経験に基づく、個人的な意見です。)

無性に部屋の片付けがしたくなった

約2か月間、ブログを書く気にはならなかったのですが、それ以外のことに対するやる気がなくなったわけではありませんでした。

食料自給のために運営している菜園の手入れには、より一層精を出していましたし、何故か無性に部屋の片づけがしたくなり、モノをたくさん捨てたりしました。

 

また、自分の中で世界の食糧問題に対する意識が湧き上がったことがきっかけで、「菜食」「小食」「不食」に関する本を8冊読みました。

そしてそれらを読んだことで、私の「食」に対する意識に革命的な変化が起こり、この約2ヶ月間で体重が約5.6kg減りました。(64.3kg→58.7kg)

具体的には、一日二食にしただけです。(昼食と夕食のみで間食無し)

5Kg以上の贅肉を脱ぎ捨てたことで、体は軽やかでジョギングでも息が上がりにくくなり、立ち仕事のアルバイトでも足が疲れにくくなりました。体調も良好です。

 

世界の食糧問題は、日本の食糧問題や自分自身の食糧問題を含みます。

食べることは生きることですから、ある意味自分が生きることそのものへの問題意識が高まったということもできます。

私は食料を自給しようと本格的な菜園を始めてしまうような人間ですから、もともと「食」に対する問題意識は強かったのですが、それがさらに強まった2ヶ月間でした。

 

 

次に、部屋の片付けについてです。

自分で言うのもなんですが、私の部屋はもともと片付いています。

友人が私の部屋に訪ねてくると、口をそろえて

「何もない部屋だね」

と言います。

 

物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを追求しようと思った約3年前から、私は片付けや断捨離を習慣とし、近藤麻理恵先生の著書『人生がときめく片付けの魔法』や、やましたひでこ先生の著書『断捨離』などを参考にしながら、自分の所有物を最小限にして生きることを心がけています。

 

しかし、先ほども申し上げましたように、

うつ病を抱えながらハローワークに通っていた頃に受けた適職検査の結果や、キャリアカウンセラーの方に添削指導して頂いた就職面接の原稿などを捨てることができていなかったのです。

つまり、ハローワークに通っていたころの記憶に

「片が付いていなかった」

のです。

 

今回の片付けを機に、ハローワーク時代の資料はすべて捨てました。

資料とともに、サラリーマンという生き方に対する執着が、洗い流されていくことを感じました。

 

それにより私は、

「金儲けのためならば手段を選ばない、今の行き過ぎてしまった資本主義の中で、サラリーマンとして生きてみたけれど、心身ともに疲れ果ててしまい、私はうつ病になったんだ。もうそんなのは嫌だから、違う生き方をしてやるんだ。」

という今の自分の生き方の原点である決意に立ち返ることができました。

(関連記事:サラリーマン時代に資本主義の闇に直面して愕然とした話【045】)

 

ブログを更新していなかった約2ヶ月間の間に、私はアルバイトの時間を週に35時間から30時間に減らしました。

今後、少しずつアルバイトの時間を減らしていき、「誰にも雇われない仕事」によって得られる収入(自給菜園から得られる食料など現金以外を含む)が、自分一人が生きていかれる分だけ確保できたら、アルバイトを卒業します。

得られる現金が少なくても食うのに困らないように、食料自給のための菜園運営にも、より一層力を入れていきます。

 

この2か月間で、

「もう一度サラリーマンをやるかも」

という考え(執着)に、

「片が付き」ました。

 

今後について

記事の数が50という節目を迎えましたので、ブログ全体のブラッシュアップを行おうと思います。

カテゴリーやタグの整理をして、もっとブログの全体像が見えやすくなるように工夫をしたり、記事内容の加筆修正も行おうと思います。

また、私はブログを始めてから、未だ数か月の初心者ですから、ブログ記事のバックアップや、ブログソフトの更新など、記事書き以外の重要な仕事にも手つかずなので、そちらも勉強しながら進めていきたいと思います。

 

2015年11月30日にハローワークに初めて足を運んでから丸3年が過ぎ、やっとその頃の記憶へアクセスすることができるようになってきました。

次回こそは、ハローワークの扉を開きます。

 

最後まで記事を読んでくださいまして、ありがとうございました。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

 

このブログに訪問していただき

ありがとうございます。

 

 

1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

・ブログの運営

の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは

 

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

・うつ病を通して得られた
人生に対する深い気付き

・うつ病経験者として
これからの人生を
どう歩んでいくかの思索

 

などを紹介しています。

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