サラリーマン時代に資本主義の闇に直面して愕然とした話【045】

どうも、てつです。

前回の記事【044】では、うつ病により会社を休んでいた時のことについてご紹介しました。

今回は、私がサラリーマン時代に感じていた、会社への不信感や違和感について、正面から向き合い、言語化して行こうと思います。

今思えば、行き過ぎてしまった資本主義の闇を、違和感として感じ取っていたのだと思います。

私の勤めていた会社の抱えていた問題点

当時新入社員の私は、入社から約半年が経ったある時、自分の勤めている会社の抱える大きな問題点を見つけてしまいました。

それは、利益を得るためならば手段を選ばないということです。

具体的には、取引先に対して水増し請求を行い、不当な利益をあげていたのです。

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取引先への水増し請求に関する詳しい話にご興味がある方はこちらのリンクから【037】(別ウィンドウで表示されます)

取引先への水増し請求

私のいた会社の業種は製造業でした。

モノづくり業界ですから本来、取引先と信頼関係を結び、協力して一つの製品を完成させていくべきですが、当時私の勤めていた会社は、取引先に対し水増し請求を行い、不当な利益を得ていました。

こちらがお客さんの役に立つことをして、その対価としてお金を頂くというのが本来あるべき姿だと思います。

しかし、私のいた会社では、利益を上げるためには手段を選びませんでした。

不正を犯してまで利益をあげなければならない理由

片道百数十km離れた取引先への出張の移動中に、上司に対して、私はあることを尋ねました。

 

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取引先への初めての出張についての詳しい話にご興味がある方はこちらのリンクからどうぞ【039】(別ウィンドウで開きます)

 

私「海外展開をはじめ、会社の事業規模を拡大し、売上を伸ばして、利益を増やすことは、社員を幸せにするのでしょうか?」

上司「うーん、随分難しいことを聞いてくるねぇ。まぁ、おれの感覚では、事業規模を拡大して会社の利益を増やしても、社員の幸せに繋がっていないね。むしろ、社員の負担は増える一方で、給料は据え置き、って感じだね。」

私「では、我々は一体何のために、長時間労働をして、会社の利益を増やそうと必死になっているのでしょうか?」

上司「またまた、難しいことを聞いてくるね。そうだなぁ、良いことといえば、会社に対する株主からの評価が高まることくらいじゃないかな。」

私「株主、すなわち投資家からの評価を維持するために、拡大再生産を繰り返して、前年比100%以上の利益達成を目指し続けているという訳ですね。その結果、会社の内部留保ばかり膨れ上がって、社員の給料は据え置き。社員に課せられる仕事の内容はハードになる一方ということですね。」

上司「まぁ、そういうことになるね。」

 

先程、私が指摘した会社の抱えている問題の本質は、投資家に足元を見られている点にあるのだということに、この時私は気づきました。投資家からの評価を維持するために、利益を拡大し続けなければならないのだということに気づきました。そして、この会社にとっての社員とは、拡大再生産のための駒に過ぎないのだということを悟りました。会社の運営は社員のためでも、お客さんのためでもなく、「投資家からの評価を得るための数字を作るため」だということが分かりました。

投資家からの評価を維持するためには、何が何でも利益を出し続けるしかありません。前年比100%以上の業績を上げ続けるしかありません。そのために手段を選べない状況に追い込まれているのだということに気づきました。しかし、地球が有限である限り経済成長にも終わりがあります。需要が飽和して、拡大再生産ができなくなる時が来るのです。高度経済成長が終わり、各先進国の経済成長が失速している今、昔と同じように会社を成長させ続けるということは出来なくなってきているのです。

 

近頃、大手の企業の不正が次々と暴かれていますが、大まかなストーリーは私のいた会社のそれと近いのではないかと思われます。

このことに気づいた時、私は、投資家の目に晒された会社の一従業員という立場であり続ける限り、いつか必ず投資家のご機嫌取りのために手段を選べない状況に追い込まれるということを悟りました。その時私は良心の呵責に苦しむだろうということも予想されました。私のいた部署がやっていた「取引先への水増し請求」の関連資料を当時私も作らされていたので、既に良心の呵責に苦しみ、会社への不信感や違和感を募らせていた訳ですが…。

知人の勤めている銀行でも似たようなことが起きていた

私が会社への不信感を募らせていた頃、サラリーマン生活の先輩である、とある銀行員の知人と話をする機会がありました。

その時、

「投資家に足元を見られているから、会社は利益を出すために手段を選べなくなってしまっているというストーリーは、他の会社にも当てはまるのではないか」

という、私の仮説の裏付けとなる話が聞けましたので、ここでシェアします。

 

私「うちの会社は、利益を拡大するためなら手段を選ばない感じで、ぶっちゃけ取引先を騙すような形で利益を上げているようなんですよ。私も最近そのことに気づいたんですが…。」

知人「うちの銀行でも似たような話があるよ。」

私「え、そうなんですか?ぜひ、その話聞かせてください。」

知人「うちの銀行はさ、いわゆる地方銀行でね。地方銀行の存在意義っていうのは、本来、地域経済の活性化の手助けをすることによって、地域社会に貢献するということなんだ。」

私「ええ。」

知人「でも、最近は前年比や予算の達成のために手段を選ばなくなってきているよ。具体的に言えば、小金持ちのお年寄りを捕まえて、半分騙すようにハイリスクな金融商品を売りつけたりするわけよ。しかも、お客さんの為になる商品ではなく、会社の利益が一番出やすい商品を買うように誘導するんだよ。そうやって営業のやつらは数字を出して社内では高い評価を受けている。」

私「確かに、うちの会社と似ていますね。」

知人「さっき、てつ君の言っていた投資家に足元を見られているんじゃないかという話だけれど、うちの銀行にも当てはまるよ。しかも、うちの銀行の場合、投資家の約1/4以上が外国人投資家なんだ。しかも、その比率は年々増加傾向にある。だから、日本の経済のためにすらなっていないともいえるんだ。」

私「ということは、地元の地域社会の経済に負担をかけて、外国人投資家を儲けさせるために働いているようなもんじゃないですか。」

知人「その通りなんだよ。で、話は続くんだけれど、そういう資本主義の負の側面にいち早く気づいてしまうような、感性が鋭く良心的な奴から、うつ病になって休職したり、良心の呵責に耐えきれなくなって退職したりしていくんだよ。逆に、騙されるやつが悪いんだ、弱肉強食だ、って割り切れるやつらは、ガンガン数字を出して出世していくよ。」

私「…エグい話ですね。良心のマヒした任務遂行ロボットのような人間が出世して、組織の幹部になって行く訳ですね。」

知人「その通りだね。さらに付け加えておくと、投資家の大多数は、自分の手持ちの金を増やすことしか考えていないという印象を受ける。長い目で見ると今後の日本にとって必要な会社だから支援しようとか、伝統を守るために応援しようとか、そういう愛のある投資をする人はほとんどいないよ。銀行員の私が言うのもなんだけれど、金なんてどこまで行っても手段にすぎないのに、金をかき集めること自体が目的になってしまている奴らばかりなんだよ。自分の手持ちを金をいかに増やすかということしか考えていない投資家ばかりだ。」

私「お金っていうのはそもそも、モノやサービスのやり取りの仲介として生み出された道具に過ぎませんからね。血液のように世の中を循環しているときに価値があるのであって、どこかにせき止められて滞っていても意味がないですよね。」

知人「その意見には私も同感です。あと、もう一つ話を付け加えておくと、社内の一部の良心的な人間が、経営陣に対して『会社の上場を廃止して、投資家に足元を見られている状況を脱しましょう。』って提案したことがあるらしいんだよ。『社員たちは無理な数値目標を達成するために、色んな意味で無理な仕事の仕方をせざるを得なくなって、心身ともに疲れ果てています。利益を出すことばかりに囚われず、本来の目的である地域経済の活性化に貢献できる状況を作りましょう。』ってね。でも、即却下されたってさ。」

私「一部の良心的な人たちは、金儲けが優先されることで、地方銀行の本来の存在意義である地域社会の経済活性化に貢献するということができなくなってしまって、苦しんでいるということですね。それを変えようとしても、今すでにあるの仕組みの中で甘い汁を吸っている支配階級の既得権益者から潰されてしまうということですか。」

知人「そういうことです。まるで今の世界の縮図のようですよ。」

金や投資家に支配されない生き方

この対話を通して、私は改めて自分が幸せになるためには、投資家の目に晒されない生き方をするしかないと思いました。つまり、知人との対話の中で登場した「上場廃止した状態」を自分で作るということです。それにより、利益を出すことばかりにとらわれず、本来の目的に沿った生き方・働き方ができると思ったのです。

 

しかし、当時の私はそのような生き方をするには、どうすればよいのか全く見当もつきませんでした。

 

後の記事で詳しく紹介していきますが、その目的を達成するための一つの手段が「食料の自給」なのです。

これは、うつ病の治療をしながら私が悩みぬいた結果たどり着いた、一つの仮説です。

金と交換しなくても、せめて食料だけでも手に入れられるようになれば、人生における金への依存度を下げることができると考えたからです。

 

そしてもう一つは、「だれにも雇われず、だれも雇わない生き方」をするということです。

(代表作『減速して自由に生きる』の著者、高坂勝先生の考えに影響を受けました。)

私と同じように、今の行き過ぎた資本主義のあり方に対して問題意識を持っているような人と出会い、対等な仲間としての関係を築いていきたいという思いはありますが、上下関係・支配関係のある組織は作りたくないのです。

それをしてしまっては、現在、世の中にはびこっているピラミッド型の資本主義の会社と同じことをすることになってしまうからです。

 

もし私が会社を作るとしたら、利益の何割かを役職問わず、社員で平等に山分けし、それを給料とします。利益が大きくなれば、それがそのまま社員全員に行きわたる仕組みです。会社の内部留保も最小限にとどめ、余ったお金は社員が働きやすい環境を作るために、そしてお客さんへのサービス向上のために役立てます。

それぞれの社員が自分の個性を活かした役職に就き、お互いを尊敬し合い、助け合うチームを作りたいです。

 

競争・搾取・支配といった『恐怖』によって結合した組織ではなく、

助け合い・分かち合い・尊敬し合い、力を合わせて共通の目的を達成するために力を合わせられるような、

『愛』によって結合した組織が作りたいです。

社長は偉くて、清掃員は下っ端でといった価値観ではなく、あくまで社長は「社長係」であり、清掃員は「清掃係」であるという考え方が良いと思います。そこに地位の差はないのです。対等な人間同士が、ある共通の目的を達成するために、理念を実現するために、協力し合っているに過ぎないのです。チームで何か成し遂げる上で必要な仕事を「係」によって分担しているだけなのです。

そして、定期的に理念を見直し、社員全員が納得し、お客さんが思わず応援したいと思ってしまうような理念へと鍛え上げていきたいです。

 

 

組織を作る前に私は、自分だけの小さな生業をもって、お客さんと直接やり取りができるようになりたいと思いました。

このブログも、自分だけの小さな生業を始めるための第一歩として始めたという側面があります。

 

もっとも、一番の目的は自分のうつ病の経験や、うつ病を通して得られた気づきを一つ一つ言語化し、このブログをここまで読んでくださったあなたとシェアすることです。

このブログが、今の世の中で生き辛さを感じている人にとって、何かしらの気付きが得られる場となりますようにと、祈る思いで今日もキーボードを叩いています。

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

 

このブログに訪問していただき

ありがとうございます。

 

 

1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

・ブログの運営

の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは

 

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

・うつ病を通して得られた
人生に対する深い気付き

・うつ病経験者として
これからの人生を
どう歩んでいくかの思索

 

などを紹介しています。

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