デスクワーク中に吐き気とめまいがして医務室へ【040】

どうも、てつです。

前回の記事【039】でついに私はうつを発症しました。そして前回の記事では医務室へ行くために職場を後にしたところまでを紹介いたしました。

これまで、【001】から【039】までをかけて、私のうつ病を生み出した精神構造が如何にして作り上げられて行ったのか、また、最終的にはどのようにうつが発症するまで追い込まれて行ったのか詳細に描いてきました。

 

今回から、私のうつ病完治体験は第2章に突入します。

第2章は、私のうつの症状が最も激しかった、いわゆる急性期の時の話を紹介いたします。

 

今回は、デスクワーク中にいたたまれないほどの吐き気とめまいを感じ、仕事を中断して医務室に行かざるを得なくなった時の話です。

仕事中にいたたまれなくなり医務室へ

ついに、心身の不調を精神力によりコントロールしきれなくなってしまいました。

仕事が手につかないほど体調が悪くなってしまったのです。

 

吐き気と目眩で、顔色は真っ青になりました。

私はデスクワークを中断し、医務室に向かいました。

そして、ベッドを借りて横になりました。

 

 

30分ほど横になっていると医務室の看護師さんに話しかけられました。

「体の具合はどうですか?私で良ければなんでも話しを聞きますよ?」

と言われました。

 

私は、数週間前から体調が優れなかったため、昼休みは医務室で休憩させてもらい、午後からの仕事に備えるという生活を送っていました。

その中で、医務室の看護師さんには、ある程度事情を話していましたので、すぐに状況を把握し私を受け入れ、味方になってくれました。

 

そこで、自分が置かれている逃げ場のない状況や、自分の能力を大きく超えた仕事を与えられていること、そして、前回の記事【039】でご説明したような様々な心身の不調について話しました。

 

私「これまで、週末の休みもゴールデンウィークやお盆などの長期休業もすべて返上して、余命あとわずかと診断されていた父の看病をしてきました。先日行われた父のがんの手術は、奇跡的に成功しましたが、術後の経過が思わしくなく、再発の恐れもあります。また、父が入院している間は休日返上で片道2時間かかる病院に面会に行かなくてはなりません。祖母の病気も深刻で、余命あとわずかと言われているので、休日は父の病院に加え祖母の病院にも通っています。祖父はアルコール依存症で、祖母が余命あとわずかであることを気に病み、連続飲酒発作を頻繁に起こすようになってしまいました。発作が起きた場合は、祖父は自力で回復することはできないので、助けに行かなくてはなりません。母は、自分の両親や夫が病気であることに大きなストレスを感じており、パニック障害や自律神経失調症をぶり返してしまいました。私には休む暇もなければ逃げ場もないし頼れる人もいないです。唯一心の支えだった彼女との関係も悪化しています。会社への不信感も日に日に募っています。もう、自分の仕事に誇りが持てないどころか、この会社の一員として仕事をしていることに対して、どうしようもないほどの後ろめたさを感じてしまいます。今私が上司から与えられている仕事も私の能力で対処できるレベルを逸脱しており、大きなストレスを感じています。心身の調子も非常に悪いです。毎日大量にアルコールを摂取しないと眠れません。飲まなきゃ、やってられないです。短期記憶や注意力や空間認知力も著しく衰えていると感じます。お腹の調子もいつも悪いです。いつも軟便で、しかも色が黒いです。過度のストレスにより胃腸から出血しているのかもしれません。自律神経も乱れているのでしょう。仕事中は、何度も排便の為にトイレに行かなければなりません。また常に残便感があります。体の中からエネルギーもやる気も湧いてきませんし、日に日に生命力が弱って行っていることを感じます。いつも全身がだるく、休んでも疲れが取れません。仕事中は、呼吸がし辛く、首・肩・背中はバキバキに凝り固まっています。だから、ため息が止まりません。生きるということが、こんなにも辛いことならば、もう生きていたくない、死んだら楽になるのではないかといつも頭の片隅で思っています。長男である私は、家族が大変な時だからこそしっかりしなければなりません。精神面や経済面でみんなを助けなければなりません。でも、もう仕事を続けられそうもありません。私はダメな人間です。私は弱い人間です。社会不適合者です。たった半年で仕事を辞めたいと思っています。」

看護師「今のあなたには、自分のために使うことのできる時間が必要です。ゆっくり休んだ方が良いですね。提案なのですが、今てつ君に支給されている有給を全て使って心身を休めてみてはどうですか?その間に、心療内科に行って、一度きちんと診てもらった方が良いと思います。その診断結果を踏まえて、今後どうするか決めましょう。」

私「・・・そうさせていただきます。」

看護師「休みに入るにあたり、職場の私物を片付けたり、仕事の引き継ぎをする余力はありますか?」

私「お世話になった先輩にも迷惑がかかりますから、もう少しベッドで休ませてもらってから、デスクの片付けと仕事の引き継ぎをしてきます。」

看護師「分かりました。もしご家族と連絡が取れるのであれば、事情を伝えた方が良いですね。」

私「そうします。」

 

 

それから私は、泣きながら母親に電話をし、事情を説明しました。

最初は、

「たった半年で仕事を辞めてしまうの?お父さんが大変な時に、てつまで倒れてしまうの?」

というような姿勢だった母も、私の尋常でない様子を察知したようで、次第に理解を示してくれました。

 

この時父は、がんの摘出の手術をした病院に入院していました。術後の経過が思わしくなく、手術から1ヶ月程たったにも関わらず、絶食状態が続いていました。父には理解されないと思ったので、「しばらく会社を休む」ということをすぐには伝えませんでした。

 

その後、唯一私が当時置かれていた状況を打ち明けていた人事の方に医務室に来てもらえることになりました。

そして、有給を使ってしばらく休み、その間に医師の診断を受ける旨を伝えました。

私の所属していた部署の上長には、その人事の方から事情を伝えてもらえることになりました。

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

 

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ありがとうございます。

 

 

1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

・ブログの運営

の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは

 

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

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人生に対する深い気付き

・うつ病経験者として
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