与えられた仕事を抱えきれなくなり医務室のドアを叩いた【038】

どうも、てつです。

前回に引き続き、過去の記憶を辿りながら私がうつになった原因を考察していきます。

今回は、上司から与えられた仕事を抱えきれなくなり、ついに昼休みに医務室に通うことになったときの話です。

当時の私の仕事内容

当時新入社員の私の主な仕事内容は、

  • 3次元のモデリングソフトの使い方をいち早く覚えること
  • 上司が指示した通りに、モデリングソフト上で機械部品の形状を変更すること
  • 部品の仕様を社内に知らしめる資料を作成すること
  • その他、掃除や力仕事などの雑用

でした。

取引先とのやり取りは上司が行い、上司の仕事の一部が私に振り分けられていました。

部品の仕様書作っていた時に上司から言われた衝撃的な言葉

部品の仕様書を作る仕事をしていた時にあった、あるショッキングな出来事が、今も頭を離れません。

その出来事をここで紹介させていただきます。

 

部品の仕様書は、資料作成者の印、1次上長の印、2次上長の印など、何人ものチェックが入り承認されて初めて、ようやく社内に共有される様な、重要な資料でした。

何故なら、その資料を元に社内の部品生産部隊全体が動き始め、それを参考にしながら仕事を進めるからです。

資料の作成を終えた私は、上司にチェックをお願いしに行きました。

すると上司は、

「こんなのいきなり見せられても正しいのか間違ってるのか分からないよ。チェックする時間もないし。てつ君を信じるよ?承認印押しちゃうよ?本当にいいの?」

と言いました。

 

私は驚愕しました。

入社半年あまりの私が作った資料をチェックせずに、承認印だけ押すというのです。

もし、資料に間違いがあり、誤った仕様の部品が大量生産されてしまえば、会社は大きな損害を被ります。

また、同時に取引先にも大きな迷惑がかかります。

その責任を入社して間もない未熟な私に押し付けてきたのです。

 

上司がまともにチェックしてくれないということが分かったため、私は自分の作成した資料が本当に間違っていないのかを確認することに、多くの時間を費やしました。

当時の私は、うつが発症する直前でしたから、頭の切れも悪く、注意も散漫で、まともに仕事に集中出来ないような精神状態でした。

従って、自分の作った資料を何度見直しても、不安で不安で仕方ありませんでした。

「自分の責任で、この仕様書が会社全体に共有され、誤った仕様の部品が大量生産されてしまったらどうしよう。」

といつも恐怖に震えていました。

自分の能力を大きく上回る仕事

お盆休みが終わってしばらく経ったある日、私は上司から

「今日からてつ君には、この機械のこの部品を担当してもらう。来週、取引先の技術者との引き合わせをするから、そのつもりでいて。」

と言われました。

私は驚きました。

当時私の与えられていた仕事は、先ほどご紹介した通りで、取引先とのやり取りから実際に部品が生産されるまでの流れをOJTなどで学んでいたわけではなかったのです。取引先の会社に行くのも初めてでした。

それにも関わらず、いきなり部品の担当を任され、次の週には取引先と引き合わされて、自分一人の責任で1から10までやらなくてはいけなくなったのです。

初めての医務室

その頃私は、初めて会社の医務室を訪ねました。

今までの人生で、学校の保健室などにはほとんどお世話になったことがなかったので、

「医務室に行こう」

と決断するまでに時間がかかりました。

しかし、当時の私は心身ともに限界まで追い詰められていたため、藁にもすがる思いで、医務室のドアを叩いたのでした。

そこで、医務室の看護師さんに今自分の置かれている状況や、心身の負担について打ち明けました。

 

「会社を辞めたい」

と訴えたのですが、

「早まらない方が良い」

と言われました。

「転職するにしても、ここで何とか踏ん張りながら次のステップに向けて準備した方が良いのではないか?」

「辞める前に一先ず休職してみてはどうか?」

などのアドバイスを受けました。

 

また、当時私のいた会社に毎週来ていた産業医の先生との面談もしました。しかし、余り実りのある話はできず、ありきたりで一般的な話ばかりをされたので、余計に精神的に窮屈になってしまい、結局産業医の先生とはそれっきり会いませんでした。

 

初めて医務室のドアを叩いた日から、私は昼休みに昼食を取った後は、医務室で休憩し、看護師さんに愚痴を聞いてもらうなどしてから、午後の仕事を始めるという生活を送りました。

そしてある日、看護師さんから心療内科を受診することを勧められました。

当時の私は、心療内科に行くということは自分が精神病であるということを認めることに等しいと思ったため、受診することを渋っていました。

 

しかし、そんなことも言っていられない出来事が、ついに起きてしまったのです。

 

 

私がうつを発症するまで後約1週間です。

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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