会社への不信感を決定づけた取引先への水増し請求【037】

どうも、てつです。

前回(会社への不信感から自分の仕事に誇りが持てなくなった【036】)に引き続き、記憶を辿りながら私がうつになった原因を考察していきます。

今回は、私の会社への不信感を増幅させた、ブラック部署の過酷な労働環境と、取引先への水増し請求の話です。

ブラック部署

当時私の務めていた機械部品メーカーには、ブラック部署と呼ばれているところがありました。

それは営業部でした。

あまりにも過酷な長時間労働が常態化していたため、社内でも新しく人を入れても一向に根付かないことで有名な部署でした。

新入社員が配属されれば、2人に1人が1年以内にやめてしまうという話も聞きました。

また、人手不足を補うために営業部以外の部署から人材が投入されても、すぐに心身の不調を訴えて、休職したり、転部を希望したりする人が後を立ちませんでした。

 

営業部の社員の言うブラックジョークに、

「俺たちの定時は23時」

というものがありましたが、実際にはそれよりも酷い労働環境でした。

営業部に配属された新入社員は上司から、

「終電に間に合わないことの方が多いから、会社から徒歩で帰れるところに住んでね」

と言われていました。

 

営業部の終業時刻は午前0時を超える日が多く、酷い時だと午前2時を過ぎることもありました。

 

ちなみに、私のいた会社の勤務時間はフレックス制ではないので、始業時刻は全員一律8:00でした。

つまり、午前2時に終業した場合、6時間後には始業時刻が来る計算になります。

恐ろしい状況でした。

 

私自身は、父が余命あと僅かの末期がんで、要介護状態であったこともあり、人事部から私のいた部署の上長に対して、

「なるべく定時で家に帰らせるように」

と指示があったため、営業部のような過酷な長時間労働は免除されていました。

 

しかし、私と同じ部署に配属されたもう1人の新入社員は、問答無用で残業させられていました。

私は、例え自分自身が残業させられていなくても、同期の新入社員が死ぬほど働かされているということを考えるだけで、吐き気がしました。

 

自分も、父の病気が落ち着けば、残業させられるということが目に見えていました。

 

社員が、

「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」

を侵害している会社に対して、私はさらに不信感を深めました。

水増し請求

私の抱いた会社への不信感を決定的にしたことがありました。

それは、取引先への水増し請求でした。

 

簡単に言えば、私のいた会社は取引先に依頼された機械部品を製造する上でかかった費用に、架空の費用を水増しして取引先に請求していたのです。

 

それは、当時入社5ヶ月足らずの新入社員であった私が、一目見て分かるほどあからさまなものでした。

 

 

ある時、私は上司に尋ねました。

 

私「これって、取引先の会社を騙していることになりませんか?」

上司「てつくん。君は何もわかってないね。今まで30年近くうちの会社はこういうやり方をしてきたし、こうしなきゃ儲からないんだよ。」

私「取引先の技術者が、部品の生産現場を見に来たら、1発でバレませんか?」

上司「取引先の技術者が生産現場を見に来たことは、今まで1度もない。だから大丈夫だ。」

 

つまり、水増し請求している事実を認め、取引先の技術者が生産現場の見学に来れば、嘘を吐いていることが1発でバレてしまうようなことをしてるということでした。

 

私は唖然としました。

 

外部から見れば、創業数十年の優良機械部品メーカーです。

 

しかし、組織の内側に入って実情を見てみると、酷いものでした。

 

私自身も、取引先とやり取りする部署にいたため、水増し請求の関係書類を作らされていました。

私は、自分の仕事に対して、後ろめたさを感じるようになりました。

同期へ違和感を打ち明けるも理解されず

前回(会社への不信感から自分の仕事に誇りが持てなくなった【036】)の記事でご紹介した、

「労災の揉み消し」

「形骸化した改善活動」

に続き、

「ブラック部署の過酷な労働環境」

「取引先への水増し請求」

など、会社の抱える負の側面に直面した私は、会社への不信感を募らせました。

 

「こんなの絶対におかしい。絶対に間違っている。」

 

と私は思いました。

 

 

だから、私は自分の感じた違和感をある同期に打ち明けました。

 

「きっと似たような違和感を、同期のみんなも感じているに違いない。同じことを感じている仲間が欲しい。」

そう思っていました。

 

しかし、その同期から返ってきた言葉は悲しいものでした。

 

「社会人なんてこんなもんだよ。文句ばかり言ってないで、早く仕事を覚えて、早くこの環境に馴染めるように努力した方が良いよ。」

 

つまり、

「自分の感性で感じ取った違和感を無視して、感覚を麻痺させて、会社のやり方に従え。」

ということです。

 

それ以来、私はその同期とあまり話さなくなりました。

 

 

 

「私の方がおかしいのではないか」

「私には、社会人としての適性がないのではないか」

 

という考えが頭をよぎりました。

 

 

うつの発症まで、あと2週間です。

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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