大学で学科首席を取れたのに心から喜べなかった理由【025】

どうも、てつです。

前回(就活予備校化する大学。就きたい職業もやりたい研究もない。【024】)に引き続き、私をうつ病発症に追い込んだ精神構造がいかにして作られていったのかということについて分析していきます。

今回は、大学で学科1位の成績が取れたにもかかわらず、喜びの感情が心の底から湧いてこなかった理由についてお話します。

GPA 4.0を取った大学2年の後期

大学2年生の後期、私は当時受講していた全ての科目で最高評価のS(100点満点の90点以上)を取り、GPA 4.0という成績を残しました。

その頃の自分の生活を振り返ります。

(なお、大学卒業時の累積GPAは3.8です。)

 

当時私は大学から自転車で10分くらいの所にアパートを借りて一人暮らしをしていました。

毎朝5時に起きて、朝食や身支度、簡単な家事を済ませたら、6:00から8:30まで勉強し、それから大学に向かっていました。

大学の授業が終わったあとは、すぐにその日の授業の復習をし、家に帰ってからは次の日の予習をしていました。

 

節約のために食事もほとんど自炊していましたし、大学に弁当も持って行っていました。

定期的な運動もしており、1日5km程のジョギングをほとんど毎日こなしていました。

また、家庭教師のアルバイトもしていました。

 

当時の私は、まさに絵に書いたような優等生といった感じでした。

大学の友人からは冗談交じりに、

「てつはストイックすぎて、側にいると自分がダメな人間に思えてきて辛い」

などと言われていました。

 

しかし、私としてはストイックに自分を追い込んでいるという自覚は全くなく、

「いや、別に当たり前のことをしているだけだよ。体力的にも精神的にも辛くないし。」

という感覚でした。

しかしある日、強烈な虚無感に襲われました。

自分がなぜ勉強しているのか分からなくなった

いつものようにアパートで早朝から勉強をしていた時、ふと、こんな思いが湧き上がりました。

「自分がやりたくて勉強しているのか、やるべきだから勉強しているのか分からない」

「趣味や運動を含め、自分のとる行動のすべてが、やりたくてやっているのか、やるべきだからやっているのかが分からない」

そんな感覚に陥りました。

 

大学受験浪人中や、大学に入ってすぐのころは、明らかに

「本当はやりたくないけれど、やるべきだからやる」

という感覚でした。

心を押し殺して、やるべきことに専念するという感覚でした。

 

しかし、心を押し殺し続けた代償でしょうか、ロボット人間を演じ続けていた弊害でしょうか。

ついに私は、自分の本心や、自分の内側から湧きだす生き生きとした感情を感じ取れなくなってしまったのです。(今思えば離人症になりかけていたのでしょう。)

周囲の人たち「大人になったね」

「自分の感情に流されず、しっかりと自分をコントロールしてやるべきことができるてつ君は素晴らしい人間だ。大人になったね。」

「自炊・家事・アルバイト・運動をしながら、大学の首席を取るなんて凄い!」

「自分の身内が大学首席なんて鼻が高い。」

そうやって皆、私を褒めちぎりました。

 

しかし、周囲の人間からいくら褒められても、私の中には言いようのない虚無感が充満していました。

頭では、

「客観的に喜ばしいことなんだな」

と理解することはできても、心の底から湧き上がってくるような喜びは感じられませんでした。

 

また、

「単に自分は他の誰よりも勉強に時間を割いたからたまたま成績が良かっただけであって、この分野の才能があるから首席になれたわけではない。もし私よりも勉強に時間を割く人がいたら、その人に私は確実に負ける。」

と思っていました。

自己否定を繰り返した結果、謙虚を通り越して卑屈になってしまっていた私は、どんなに他人から評価されても、自分で自分を認めることができなくなってしまいました。

自分が嫌いでした。

 

真の喜びは、ありのままの自分から湧きだすものです。

私は、「ありのままの自分は幼くてダメなやつだ」と徹底的に自己否定し、理性により自分自身を強力にコントロールし続けていました。

心の底から喜びの感情が湧き上がらなくなっても、無理はありません。

感情を無視し続けてきた結果、心が不感症になってしまったのです。

 

「自分の感情をコントロールして、やるべきことを頑張ってやる」

ということは、世間一般的には評価されるようですが、その行為は果たして本当に、その人を幸せな未来に導くのでしょうか?

 

少なくとも私は、周囲の人から見ていくら幸せそうに見えたとしても、主観的に幸せを感じることはありませんでした。

人は主観を離れて存在することはできません。

 

主観的な感覚・感性・感情を無視して、理性で考え客観的にやるべきだとされることに徹したところで、当時の私のような不感症のロボット人間を生み出すだけだと思います。

「立派でつまらない大人」を生み出すだけだと思います。

 

私がよく話題にしている、手段と目的の逆転現象がここにも表れています。

何か達成したい目標や夢があり、それを達成する手段として一定の期間ストイックに自分をコントロールしてやるべきことに徹することは良いことかもしれません。

 

例えオリンピックの金メダリストのように、才能があって、得意で好きな分野のことに取り組んでいる人だとしても、「ただやりたいからやっているだけ」という領域を超えて、自分を追い込んでいると思うからです。

 

しかし、私の場合大学で学びたいことも、将来就きたい職業も、夢も目標もなかったので、本来手段に過ぎない

「自分をコントロールしてやるべきことに徹する」

ということ自体が目的になってしまいました。

そのため、客観的に見ていくら優れていようとも、主観的には虚無感に苛まれる毎日を過ごすことになったのです。

 

他者の期待を満たすための生き方をしていました。

だから、他者から褒められました。

 

しかし、自分の本心を裏切る生き方をしていました。

だから、自分を愛することができませんでした。

 

この経験は、私をうつ病発症へとまた一歩近づけました。

 

うつの発症まで残り約3年です。

 

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

このブログに訪問していただき、ありがとうございます。

1991年生まれ。

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の製造業の技術職に就く。

入社約半年でうつ病を発症し退職。

約1年間の無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始。

うつ病の発症から約2年後、主観的にうつ病は完治したと実感。

2019年現在、
・週に30時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

・うつ病を通して得られた人生に対する深い気付き

・うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

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