やりたいことがなかったからやるべきことに徹した大学時代【023】

どうも、てつです。

前回(大学受験浪人2年目で志望校の合格率70%→センター試験で失敗【022】)に引き続き、過去の記憶を振り返りながら私がどうやってうつになっていったのかを振り返っていきます。

今回は、目標もなく入った大学で私がどのような日々を過ごしていたのかという話です。

私が唯一合格した併願の私立大学に出願した理由

第一志望だった国立大学の志望理由ですら

「友達が通っているから」

という、全く自分の意思とは関係の無い理由でした。

併願校の志望理由はもっと酷かったです。

予備校のラウンジで、

「あの大学は就職に強いらしい」

という噂を聞いたから、というだけの理由でした。

医者になるという夢を諦めた私には、大学に入る意味が感じられませんでした。

しかし、両親からはどうしても大学には入ってくれと言われていましたので、かなり投げやりに志望校を選んでいたというのが正直なところです。

以前の記事でも書きましたが、本来大学に入ることは単なる手段であって目的ではありません。

(以前の関連記事:部活を引退し大学受験対策を始めるも体調不良に悩まされる【013】)

 

しかし、両親には

「目的がなくても、とにかく大学に入ってくれ」

と言われたのです。

入学決定後、一般入試での得点が学科1位だったことを知らされる

併願していた大学へ入学することが決まり、手続きを進めていると、大学から

「一般入試での得点が、てつさんの学科で1位でしたので、入学式で表彰させていただきます。」

という連絡がありました。

 

「嬉しいけれど、心の底から喜べない。2年も浪人しているから現役生に勝てても、当然と言えば当然。」

というのが正直な感想でした。

 

当時の私は、謙虚を通り越して卑屈になっていました。

1位になれた喜びよりも、

「これで浪人中、勉強をサボっていたと周りの人に思われなくて済む」

という安心感が上回っていました。

入学式での表彰

入学式で、入試の得点が学科1位だった人全員が表彰されました。

そして、入学式が終わった後、表彰された人たちは別室に呼ばれ、学長から直接賞状を受け取りました。

 

そこで学長から、

「君たちには特別な才能があります。ぜひその才能をこの大学で大いに開花させてください。」

と言われました。

 

私の受験科目は英語と化学と数学で、英語と化学は満点近く取れましたが、数学は案の定6割程しか取れていませんでした。

2年間浪人しても、数学は苦手なままでした。

「特別な才能がないから2年間も浪人したんだよな…。才能というより、単に周りの人より長い時間勉強したから点が取れただけなんだよな…。」

と内心思っていました。

 

自己評価が低くなりすぎていたため、学長に褒められても、素直に喜べないのです。

自分を認め、自分を愛すことができないのです。

浪人中、感情を殺したロボット人間になることに徹した弊害でした。

大学で学びたいことがない

医者になる夢をあきらめ、第一志望の大学にも落ち、

「就職率が良いらしい」

という噂を聞いたからという理由だけで入学した大学でした。

当然、心から学びたいと思うこともありませんでした。

感情を殺すことに慣れ過ぎてしまったことで、私は自分がどうしたいのかすらも感じ取れなくなっていました。

私が大学で勉強を頑張った理由

大学で学びたいこともなく、卒業後に就きたい仕事も、人生の目標も当時の私にはありませんでした。

そんな私の中に、唯一残っていた人生の道しるべは、浪人中に自分を無理やり勉強に追い込んだ

「今やるべきとに全力で取り組み続ければ、必ず道は開ける」

という考え方でした。

 

「やりたいこと」がなかった私にはもはや、

「やるべきこと」に取り組む以外に選択肢がありませんでした。

 

「ゆっくりと時間をかけてやりたいことを見つけよう」

と思えるほどの心の余裕もありませんでした。

 

大学に入学した私にとって、もっともやるべきだと思われたことは、

「勉学に励むこと」

でした。

「とにかく勉強を頑張ってさえいれば、周りの人間も文句は言わないだろう」

と思っていました。

 

「入学試験で1位になれたのだから、大学の成績でも学科の1位を目指そう。きっと大学の首席なら、やりたいことがなくたって人生どうにかなるよね。」

そう思って私は、勉強を頑張りました。

 

勉強を頑張った理由は、他にもあります。

それは、

「2年間も浪人して、両親に経済的な負担をかけながら、結局学費の安い国立大学には入れず、学費の高い私立大学に入ることになってしまって、申し訳ない。せめて、学費が一部でも免除になるように良い成績を取らなければならない。」

「高校の同級生たちは私と違って、現役で東京大学や早稲田大学などの難関大学に入学した。私は、2年間も浪人したのに、第一志望の国立大学には落ちて、併願していた中堅私立大学にしか入れなかった。恥ずかしい。せめて、大学で良い成績を取らなければ、格好悪い。」

など、

「親に申し訳ない。人からダメな奴だと思われたくない。」

という、非常に消極的な理由で勉強を頑張っていました。

 

「自分がこうしたい、将来こうなりたいから勉強を頑張る」

という自分の内側から湧きだす意欲ではなく

「申し訳ないから、格好悪いから」

というある意味自分の外側から加えられる外力によって

「動かされている」

という状態だったのです。

 

大学の授業でも、私は心を殺して、自分が

「好きか・嫌いか・興味があるか・興味がないか」

などを全く無視して、ただ淡々と授業で与えれる情報を処理・理解・記憶していました。

情報の処理・理解・記憶がしやすいように、授業を受ける際には、毎回教室の最前列に座り、授業が終わったら不明点を毎回教授に聞きに行きました。

 

ある授業が終わったとき、その科目を担当していた教授が私に言いました。

「君は、この授業の内容にとても興味があるんだね!いつも最前列で講義を真剣に聴いているし、いつも質問しに来てくれるね。意欲的で素晴らしい。是非うちの研究室にきて、卒業研究をしてください。」

 

私は答えました。

「授業の内容に興味があるかないか、好きか嫌いかなどは関係ないんです。ただ私は、自分がやるべきことをしているだけです。」

 

すると教授は、何とも言えない変な顔をしました。

そして、

「君は偉いんだね。」

と当たり障りのない言葉で私を褒めて、その場を去りました。

 

私の答えが予想外だったのでしょう。

しかし、心を殺していた私にとって、

「やるべきだからやっているだけです」

というのは、本当のことだったのです。

 

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

 

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ありがとうございます。

 

 

1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

・ブログの運営

の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは

 

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