感情を否定し勉強に専念したことの弊害と、当時の自分に伝えたいこと。【020】

どうも、てつです。

前回(「あなたのため」と愛に偽装された子供に対する親の欲望【019】)に引き続き、私がうつになった原因を過去をさかのぼりながら検証していきます。

今回は、浪人2年目の私が、感情を押し殺してやりたくないことを頑張っていた時の話です。

 

この記事は、前回の記事と密接な関係があり、前の記事の内容を踏まえた説明が含まれます。

まだご覧になっていない方は、よろしければ先に前の記事の内容をご確認ください。

(前の記事:「あなたのため」と愛に偽装された子供に対する親の欲望【019】)

私を歪めた「愛に偽装された父の欲望」

父から向けられた欲望を愛だと錯覚していた私は、父の欲望の通りに自らを変形させようとしました。

そうすることが親の期待に応えることだと思っていましたし、そうすることが自分の幸せにつながると思い込んでいたからです。

自分の感情・感性・直感など自分の内側から自然と湧き上がる様々な思いを徹底的に無視し、周囲の人間からの期待や、父からの「百戒」「偉人の名言メール」などよって作り出された「自分はこうあるべき」という姿を必死で演じました。

「その時与えられた環境の中で、淡々とやるべき事を遂行することが自分の未来を切り開くんだ」

と信じて、感情を捨てた任務遂行ロボットになることに徹しました。

しかし、当然私は生身の人間ですから、完全にロボットになりきることはできません。

結果として、自分の心や体に無理を強いることになり、そのひずみが様々な形で私の体に現れるようになりました。

慢性的な軟便に悩まされる日々

任務遂行ロボットを演じた代償は、まず体調不良という形で現れました。

病気でお腹を壊しているわけではないのに、毎日便が緩く、排便のために一日に何度もトイレに行かなければなりませんでした。

過度のストレスにより、自律神経や、腸内環境の乱れが引き起こされていたのだと思います。

いつもお腹がシクシクし、不快感があり、残便感がありました。

また、健康な人の便は黄土色っぽいのに対し、私の便はいつも黒っぽかったと記憶しています。

当時、未成年ですからお酒も飲んでいないのに便が緩くて黒いのです。

後のカウンセリングで、腸から出血していたのではないかと、精神科医の先生(泉谷閑示先生)から指摘されました。

任務遂行ロボットを演じた代償として、体がむしばまれていたのです。

十代にもかかわらず抜け毛が増えた

2018年6月現在、私は27歳ですが、ほとんど抜け毛はありません。

しかし、当時大学受験浪人中の私は十代にも関わらず、かなりの抜け毛がありました。

円形脱毛症とまでは行きませんでしたが、朝ベッドの上で目覚めると、枕に数十本の毛髪がついていることがよくありました。

親に相談しても、

「髪の毛は10万本もあるのだから、一日に数十本抜けたところで何の問題もない」

と言われ、まともに取り合ってもらえませんでした。

今思えば、過度のストレスが原因の抜け毛でした。

また、無意識に頭を血がにじむほど掻きむしっていることも多く、その際にもパラパラと髪が抜けたことを今でも覚えています。

溜め込まれた怒りが爆発し、浪人中は何度も母に辛く当たった

自分がその時置かれている状況を、他人に投影してしまうことは良くあることのようです。

具体的に言えば、部活などで自分が先輩からされている嫌がらせを、思わず自分の後輩にもしてしまうといったことです。

私の場合は、周囲の人間から様々なことを強要され、精神ががんじがらめになって苦しい思いをしていたので、それを母に投影してしまったことが何度もあります。

自分が「こうあるべき」という理想の姿を強要されていたので、

母に対し、「こうあるべき」という理想的な姿を強要し、よく困らせていました。

当時はよく母とケンカをしていました。

任務遂行ロボットを演じることで自分の中に蓄積されていった、やり場のない怒りを母にぶつけていたのです。

今では和解していますが、

「当時は、てつが怖かった」

と今でも母から言われることがあります。

予備校講師は生徒を愛しているか

結論から言えば、私が今まであった予備校講師の中に生徒を愛していると言える人はいませんでした。

愛しているどころか、不安でいっぱいの浪人生の心に付け込んで、恐怖支配をしてくる講師もいました。

予備校講師にとって、自分の受け持つ生徒が大学受験でどのような成績を残すかは、そのまま自分の評価や給料に直結します。

したがって、予備校講師たちはあの手この手を使って生徒たちが必死になって勉強するように仕向けます。

「あなたのため」と言いながら、生徒たちの弱音や、勉強しないことの言い訳を、完全に封じ込めるような独自の理論を押し付けてきました。

例えば、

「この程度の受験勉強にも耐えられない人が、医者になる資格なんてないよ(私が医学部受験生だった時)」

「この程度のことが分からないやつは頭が狂っている」

などと実際に言われました。

正論なのかもしれませんが、愛のムチとは感じませんでした。

こんな言葉をかけてくる教師がどんなに、

「あなたのため」

と言ってきても、

「あぁ、結局自分のためなんだな」

と思ってしまいます。

もし今、私が予備校講師で、当時の自分に声をかけるなら

もし今の私が予備校講師で当時の自分に教える立場だったら、次のような言葉をかけたいです。

 

『自分のした選択の結果を、自分自身で受け入れることが自由に生きるということです。

自由と責任はワンセット。

今の君は、親や周囲の人たちの言いなりになってしまっています。

それは言い換えれば、自分の人生を人任せにし、何かが起きても、自分ではない誰かの責任にするということです。

君は今、親に様々なことを強要されて、不自由な思いをしていますね。

でも、よく考えてみてください。

君の人生を生きられるのは君だけですよ?

親は君の人生を生きてはくれません。

例え親の言いなりになって生きたとしても、親は本当の意味での責任を取ることはできないのです。

 

大学に行くのはあくまで手段であって目的ではないです。

もし君が今、夢や目標を見失っているのなら、まずやるべきことは、それを思い出すことです。

自分探しっていうのは、いろんな経験をしたり、旅をしたりしながら本当の自分を探すことだと思っている人が多いようですが、実はそうではありません。

自分はこうあるべきだというイメージが肥大化してしまったことで、いつの間にか忘れてしまった、ありのままの自分の本音を取り戻すことなんです。

本音を思い出しましょう。

そして、本音で生きましょう。

いくら見ないようにしたって、あなたの本音は一生あなたの心に居座り続けますよ?

建前で取り繕いながら生きられるほど、人生は長くありません。

本音で生きるために、どうしても大学に行く必要があるのなら、その時初めて受験対策をすれば良いのです。

一度真剣に自分探しをして、必要があればその段階で大学に通えば良いのです。

それからだって遅くないです。

このまま、自分の人生を人任せにして生きていっても、近い未来に必ず君は立ち止まることになります。

 

立ち止まるタイミングが人生のどの時点で訪れるかはその人次第です。

十代や二十代で、

「自分の人生は果たしてこのままでよいのだろうか」

立ち止まる人もいるし、人生を折り返す年齢になって初めて気づいて立ち止まる人もいます。

「ずっとやるべき事に追われ続けて生きてきたけれど、自分の人生って本当にこれでよかったのかな?」

って立ち止まってしまうんですよ。

いわゆる中年期の危機ってやつです。

最悪のパターンは、死ぬ間際になって、本音で生きればよかった、と後悔することです。

死ぬ間際になって自分らしくない人生だったな、と後悔することです。

さすがに死ぬ間際に気づいても、人生の修正は間に合わないと思われます。

 

自分の人生をどう生きるべきか、しばらくバイトでもしながら立ち止まって考えて、それから歩き出したって全く遅くないです。

その時大学受験対策が必要になったら、またうちの予備校に来てください。

精一杯、サポートしますから。』

 

こんな予備校講師がいたら、生徒の合格実績が残せないどころか、退学者を続出させてしまい、すぐに解雇されるでしょう。

本音で生きづらいのは、行き過ぎた資本主義の弊害のひとつではないでしょうか?

私にはそう思えてなりません。

 

本音や信念より金儲けを優先しなければいけないのですから。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

詳細な自己紹介はこちらのリンクからどうぞ。

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