「あなたのため」と愛に偽装された子供に対する親の欲望【019】

どうも、てつです。

前回(時に善意は悪意よりも恐ろしい。子に対する親の愛(善意)。【018】)に引き続き、過去の記憶を辿って、私がうつになった原因を分析していきます。

今回は、前回の記事で取り上げた、父が私に施した「しつけ」は愛の行為であったのか、ということについて考えます。

愛と欲望について

私がうつから立ち直るきっかけを与えてくれた本の一節に、「愛」と「欲望」の定義が書かれています。

シンプルでありながらとても説得力があって気に入っています。

以下に、引用させていただいます。

 

愛とは、相手(対象)が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ちである。

欲望とは、相手(対象)がこちらの思い通りになることを強要する気持ちである。

 

著者:泉谷閑示

タイトル:「普通がいい」という病

第1刷発行:2006年10月20日

発行所:株式会社講談社

引用箇所:146ページ

 

泉谷閑示先生は、精神療法を専門とする精神科医です。

以前私は、直接先生の治療院に伺い、ご本人にカウンセリングをしてもらったことがあります。

泉谷先生の治療では、投薬を一切行わず、カウンセリング(言葉の力)のみで患者さんの治療を行います。

私は勝手に先生のことを人生の師匠だと思っています。

 

この愛と欲望の定義は、私の人生に大きな影響を与えました。

相手が自分に対して何かしてきた時や、

自分が相手に対して何かする時に、

「これは愛の行為なのか。それとの欲望の行為なのか。」

と日ごろから考えるようになりました。

 

前回の記事で取り上げた、父が私に対して行った様々な行為について、泉谷先生の提案する、愛と欲望の定義を使って検証してみます。

父の私に対する行為は愛だったのかを検証:「百戒」

父が私に与えた「百戒」

「~せよ。」

「~するな。」

「~ねばならない。」

「~するべきだ。」

「~することが正しい。」

「~することは間違っている。」

などの言葉が100項目にわたって綴られた、父オリジナルの戒律です。

 

全て、

「私が父の思い通りになることを強要する」

という内容です。

そこには、「私が私らしく幸せになる」という要素は、全くありません。

「親の思い描く子供の幸せ」を実現するために、私をコントロールするためのものです。

当時の父がその行為を如何に愛だと主張しても、今の私はそれを欲望であると断言します。

 

もし、父自身が「これは自分が子供に押し付けている欲望だ」

と自覚しており、

私も「これは父が私に押し付けてきた欲望だ」

と理解していたならば話はもっと簡単でした。

「私を欲望の対象にしないでくれ」と父の行為を拒絶すればよいのですから。

 

この話をより複雑にしている原因は、父自身が

「これは子供への愛(善意)である。」

と思い込んでいる点にあります。

 

前回もお話したように、人は悪意を向けられた時それを拒むことができますが、善意を向けられた時それを拒むことは難しいのです。

悪意を向けてきた場合、相手は明らかに敵ですから拒絶することで互いの関係性が破壊されても問題ないです。

しかし、善意を向けてきた場合は相手との関係性が壊れることを恐れるあまり拒絶しづらくなってしまうのです。

 

今回のケースで言えば、父からの「善意」を拒絶することで、親子の関係性にヒビが入る可能性があります。

私に対し「愛する息子のため」と様々なことをしてくる父を、私は拒絶することができませんでした。

 

私自身も、父の「百戒」を「愛(善意)」の行為だと錯覚していました。

 

「これは私に対する父の愛ではなく、父の欲望だ」

と当時の私が見抜くことができれば、容易に拒絶することができたと思います。

 

当時の父の行為は、

「あなたのため」

という言葉によって偽装された、子供に対する親の「欲望」だったのです。

 

詩人の相田みつをさんの遺した言葉の中にも、

「人の為と書いて偽りと読むんだよな…。」

というフレーズがありますが、私の経験した父の「偽りの愛」にピッタリ当てはまります。

 

その行動の原動力が愛なのか欲望なのかを区別すると、「善」と「偽善」を見分けることができるのではないでしょうか。

 

例えその行為が相手の助けになったとしても、「相手から感謝されたい」という思いで行動していた場合、それは相手を自分の欲望の対象としていることになり、愛の行為ではありません。

相手がこちらの行為に対して感謝しなかったときに、こちらが「イラっと」したら、それは偽善です。

何故なら、「相手がこちらに感謝する」ということを強要しており、相手が自分の思い通りにならなかったから「イラっと」したということになるからです。

 

「give & take」の関係というのも、相手に対して見返りを強要している関係であり、その根底には欲望があります。

それが良い・悪いと申し上げているのではなく、「give & take」の関係を続ける限り、愛の関係ではなく、欲望を互いにぶつけ合う関係に留まってしまうことになると申し上げているだけです。

ビジネスパートナーとしては「give & take」の関係で問題ないと思いますが、他者と深い信頼関係を結ぶ場合(親子・親友・夫婦・カップルなど)は互いに見返りを求めず、互いを愛し尊敬し合う「give & give」同士の関係を目指す必要があると思います。

 

もっとも、私自身が100%混じりっ気のない「愛」によって行動できたことはほとんどありません。

ブッダやガンジーのような聖人君子ではありませんから。

しかし、欲望の比率を抑えて、愛の比率を高められるようにと日々心掛けています。

 

また、もう一歩話を進めると、当時の父に対し聖人君子のような完璧な人間性を求めること自体が、私の「欲望」であると言えます。

当時の父が一人の未熟な人間であり、初めて子育てを経験し初めて親になった一人の不完全な人間であったということを、今の私は認めています。

 

また父は当時私に対して行った自分の様々な行為について、私に謝罪しました。

そして、私はそれを許して和解しました。

 

この話は、私がうつから立ち直っていく過程でも再登場します。

その時、再び詳しく紹介させていただきます。

父の私に対する行為は愛だったのかを検証:「偉人の名言メール」

前回紹介した、父が毎朝私に送ってきた「偉人の名言メール」についても「百戒」と同じことが言えます。

偉人が偉業を成し遂げた際の心構えのような言葉を毎日メールで私に送ることで、私の弱音を封じ込めて、サボらず勉強するように強要することが真の目的でした。

 

しかし、これを父は「子供に対する愛である。子供のためである。」と思い込んでいたのです。

また、当時の私も「これは父の私に対する愛だ。私のためを思ってやってくれているんだ。」と錯覚していました。

 

当時の父がこれをいくら愛だと主張しても、今の私はそれを決して愛だとは認めません。

自覚的な欲望(悪意)よりも、もっとたちの悪い、「愛に偽装した欲望」であったと断言します。

子供に対する「愛に偽装された親の欲望」

この、「あなたのため」といって子供に押し付けられる、親の「愛に偽装された欲望」は、しばしば子供の心を傷つけます。

 

テレビドラマなどでも子供が、

「ああ、あなたのためとか言ってるけれど、結局自分(親自身)のためだったんだ。親の面子や世間体などのために、私を自分(親)の思い通りにコントロールしたかっただけなんだ。」

と親の行為が、

「愛ではなく欲望によるものだったのだ」

ということに気づき、絶望する場面が描かれることがよくあります。

 

そして、それをきっかけに子供がグレてしまったりすると親は、

「私の育て方が悪かったのか?今まで、あんなに従順な良い子だったのにどうして。困ったことだ。」と

「自分の思い通りにならない子供」

に対して困惑します。

親としては十分子供を「愛して」いたつもりですから、何故こうなったのか見当もつきません。

 

このストーリの本質は、愛だと思って子供が素直に受け入れていた親の様々な行為が、実は「愛に偽装された親の欲望」だったということを子供が直観的に見抜き、

「もうお前の操り人形にはならないぞ。」

と子供が自分の主体を獲得するために戦っているというところにあります。

そのことに親が気づくことができた時、親自身も成長することができるのです。

 

 

このテーマは、私のうつ発症に直結している話です。

次回も引き続き、丁寧に考察を深めていきます。

 

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

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1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

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の3つの活動を中心に生活している。

 

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