地獄の大学受験浪人生活。1浪すれば医学部に受かるという私の幻想。【015】

どうも、てつです。

前回(大学受験失敗。失恋のショック。自暴自棄の引きこもり生活。【014】)に引き続き、苦しい過去の記憶を掘り起こしながら、うつ発症の原因となった精神構造がどのように作り出されていったのかを分析していきます。

今回は、大学受験浪人生として、とある予備校の医学部コースに入学したときの話です。

国公立大学スーパーレベル医学部コース

自暴自棄の引きこもり生活を経て、高校卒業後に大学受験予備校に入りました。

当時私は国公立大学の医学部を目指していたため、

「国公立スーパーレベル医学部コース」

というコースに申し込んで、毎日授業を受けながら受験対策をすることになりました。

 

私の通っていた予備校には様々なコースがあり、

「東大コース」「京大コース」「ハイレベル国公立大学理系コース」「ハイレベル私立理系コース」

など、生徒の目標に合わせて様々なコースが用意されていました。

私の入った「国公立スーパーレベル医学部コース」は「東大コース」などに並ぶハイレベルなコースでした。

 

そして、予備校に入学した直後、医学部受験の本当の厳しさを知りました。

医学部受験の厳しさ

まず、浪人1年目の生徒よりも数年間浪人をしている生徒の方が多いということに驚きました。

医学部受験では、3浪4浪するのは当たり前で、中には9浪という人もいました。(ちなみに9浪の方はその年に見事受かりました)

社会人経験者や、大学を中退して医学部を目指している人など様々な人種が混在していました。

それを目の当たりにして、医学部受験生たちの層の厚さを肌で感じました。

「彼らに勝てるくらいのレベルに達しないと受からないんだ」

と思いました。

 

「国公立スーパーレベル医学部コース」には、担任スタッフ(講師ではない)がついており、受験生の進路相談や生活指導などを行っていました。

予備校に入った直後に、私は担任スタッフに呼び出されてある衝撃的なことを告げられました。

「てつくん、今の君のレベルでは今年度医学部に受かることは恐らくできない。受講するコースのレベルを下げて、まずは基礎を固めてから、何年か浪人して医学部に入るというつもりで勉強した方がいい。」

という内容でした。

今思えば、的確なアドバイスですし、長年医学部受験生を見てきた担任スタッフの方の経験からそういう予想がついたのでしょう。

 

私は担任スタッフの方に聞きました。

私「コースのレベルを落として、その年に受かった人はいますか?」

担任「今までそういう人は見たことがないです。医学部受験を突破するには、基礎コースのレベルをマスターしても全く歯が立たないと思います。」

私「どうしても1年で受かりたかったら、今の学力で医学部コースの授業に食らいついて内容をマスターするしかないということですね。」

担任「そういうことになります。」

私「アドバイスしていただきありがとうございます。ですが、私はこのまま医学部コースに残ります。」

担任「分かりました。ご本人の意思が最優先です。頑張ってください。」

 

私は、自分が1年間浪人して勉強しても医学部に行かれないという担任スタッフの言葉が受け入れられませんでした。

学力は全くないのに、プライドだけは高かったのです。

現状の自分のレベルを直視し、謙虚に自分のレベルに合った授業を受けて、基礎レベルから着実に積み上げていこうと思うことはできませんでした。

 

自分が浪人してしまったというだけでも既に気持ちはどん底まで落ち込んでいました。

いち早くこの状況から抜け出したいと焦っていました。

「何年かかってもいいから医学部を目指そう」

と思えるほど、当時18歳の私は達観することができませんでした。

優秀な父や伯父の言葉が私に抱かせた幻想

「父や伯父も高校までは勉強しなかったと言っていた。浪人してから真剣に勉強したら一年で難関大学に受かったと言っていた。」

高校の時に何度も聞かされたこの言葉が、私の頭にこびりついていました。

「自分だって本気でやればきっとできるようになる。父も言っていた。やればできる。やらないからできないんだと。」

中学の時から言われ続けた父の言葉が私を縛り付けていました。

(関連記事:中学2年生で味わった強烈な挫折感。私を追い込んだ父の言葉。【004】)

私は、

「やればできる」

という幻想を抱いて

「国公立大学スーパーレベル医学部コース」

にしがみつきました。

自分の学力レベルと授業のレベルがかけかけ離れていた

ついに医学部コースの授業が始まりました。

私の受けていた授業の種類には、5教科7科目の対策に加えて医学部特有の小論文対策と面接対策がありました。

毎日、朝から夕方までみっちり授業があり、空き時間や、授業終了後は各授業の予習と復習に追われるという生活が始まりました。

学力レベルの高い人であれば、予習や復習の時間も短くて済み、授業の理解度も高く有意義に過ごせるようなカリキュラムだったと思います。

しかし私の学力レベルは、医学部受験対策始められる段階にすら到達していませんでした。

「テキストを予習しても分からない。授業を受けても分からない。復習しても分からない。

分からないから予習に時間がかかる。分からないから復習にも時間がかかる。睡眠時間を削って勉強するから寝不足になって授業も集中出来ない。」

と言った、授業内容の消化不良による負の連鎖に飲み込まれてしまいました。

分からなくてストレスが溜まるから、ストレス発散に時間や体力を使うことになりました。

しかし、ストレス解消に時間や体力を使うほど、また予習復習の時間が圧迫され、負の連鎖が加速していきました。

夏頃には、

「これは担任スタッフの方が言う通り、今年度合格するのは無理かもしれない。」

と悟らされました。

虚栄を張り続け、ありのままの自分の学力を謙虚に受け入れられなかったことが、結果的に私を遠回りさせることになりました。

目的が「医者になること」ではなく、「早く浪人生活を終わらせること」にすり替わってしまっていたことも良くなかった点です。

また、「自分は生き遅れている」という他者との比較による妄想が作り出した焦燥感も、私の判断を誤った方向に導いた原因だと思います。

周囲の医学部受験生たちの覚悟

予備校に入った直後は、何年も浪人して医学部を目指している人を横目で見て、内心バカにしていましたが、そんな思いは完全に吹き飛びました。

彼ら彼女らは、

「何年かかっても必ず医者になるんだ」

という、強い意志を持った人たちだと悟ったのです。

私の、

「スポーツドクターになって、陸上選手の怪我が治せたら楽しいだろうな」

と思う程度の、無理やり作り出した目標や覚悟では全く話になりませんでした。

(目標を無理やり作ったときの話→部活を引退し大学受験対策を始めるも体調不良に悩まされる【013】)

 

浪人中知り合った当時4浪目の友人は、ある時私にこう言いました。

「俺は絶対に救命救急医になって人を助ける。俺は医学部に受かるまで受験し続けるから必ず医者になれる。」

彼はその年に、全国模試で1位を取り、さらに念願の志望校の医学部に合格しました。

逆に言えば、それほどの覚悟と学力を持った人でも4年間かかったのです。

それだけの熱い思いを持った人でないとそもそも良い医者にはなれないのかも知れません。

当時の私には医者になる覚悟も、学力も足りませんでした。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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