部活を引退し大学受験対策を始めるも体調不良に悩まされる【013】

どうも、てつです。

前回(「苦手」を克服する努力と「好き」を得意に成長させる努力の違い【012】)に引き続き、過去の思い出を振り返りながら、私のうつが発症した原因を分析していきます。

今回は、高校時代に部活動を引退して受験勉強に突入していった時の話です。

高3の夏部活を引退し受験生になるも気持ちが切り替えられず

陸上競技部を引退した私は、しばらく抜け殻のようになりました。

すぐに心を受験モードに切り替えることは出来ませんでした。

勉強は苦手だったので、部活だけが私の輝ける場所だったのです。

毎日情熱を燃やして、全身の細胞と魂が喜び合ってエネルギーが満ちあふれていた夢のような時間は終わってしまいました。

受験勉強を開始するもすぐに体調が悪くなる

受験までタイムリミットが迫っていたため、仕方なく大学受験対策の勉強を始めました。

しかしすぐに体調が悪くなり始めました。

毎日トレーニングをしていることによって保たれていた体と精神の均衡が崩れたようです。

まず、今まで縁がなかった肩こりが慢性化してしまいました。(10年以上たった今でも続いています。)

肩から首にかけて緊張が走り、目の疲れも酷くなりました。

そして、今まで部活にぶつけていた体力やエネルギーが行き場を失い、不完全燃焼を起こしているようでした。

体はダルくなり、毎日気分がモヤモヤし、何とも言えない気持ち悪さがありました。

 

今思い返すと、体中の気の巡りが悪くなっていたのだと思います。

もう少し科学的に言えば、急激な運動量の低下に伴い、筋肉や体脂肪量が急激に変化したことや、
体を動かすことで、筋肉や骨から分泌されていた、ホルモンなどが体内から急激に減ってしまったことなどが原因であると考えられます。

また、運動することが好きな人ほど、運動不足によってストレスを感じますし、運動自体にストレス解消の効果がありますので、それが奪われたことによるものであったと考えられます。

対処法としては、やはり適度な運動を生活に取り入れることだと思います。

「ストレスが溜まってきたな」「体が鈍ってきたな」

と感じたら、短い時間でも良いからジョギングをしたり、筋トレをしたりして、体を動かすと良いと思います。

一人で完結できて、短時間で終わるような運動が個人的にはお勧めです。

また、私の周囲にはストレスを食事にぶつける人もいました。

陸上競技をしていた時は引き締まった体型をしていた人が

「部活を辞めて20㎏太った」

というようなこともザラでした。

そういう人も、体調が優れないように見えました。

食事にぶつけているストレスや、やり場のないエネルギーが他の方法で解消できれば、暴食せずに済むと思いますが、中々難しかったようです。

イヤイヤながら受験勉強開始

当時、私の学力は、偏差値50程度でした。

国公立大学の医学部に合格するためには偏差値70程度の学力が必要になりますので、絶望的な状況でした。

表面的には、「医学部に入って、将来精神科医になる」という目標を掲げていましたが、様々な理由からそれ自体にも迷いが生じていました。

そんな時に、当時の友人から

「精神科医は、他の科の医者に比べて何倍も自殺率が高いんだって。」

と言われました。

また、自分でも精神科医について少し調べてみたところ、

「マニュアルに基づく診断と投薬中心の治療をすることが大半」

ということが分かり、私の思い描く精神科医像と一般的な精神科医はかけ離れているように感じました。

私は、

「例え精神科医になることが出来ても、自分の思い描くような仕事が出来ないかもしれないし、自分自身が自殺に追い込まれるほど、精神的に辛い仕事なのかもしれない。」

と思い、怖くなってしまいました。

当時の私には、そういったリスクを知った上でも精神科医になって、患者さんを救おうと思えるまでの覚悟がありませんでした。

私は夢を見失いました。

かと言って、理系の分野で他に学びたいこともありませんでした。

無理やり作り出した目標

そもそも自分が理系にいること自体に迷いがあり、夢まで見失ってしまったため、私は立ち尽くしてしまいました。

そんな時、あることを思いつきました。

「私は陸上競技部出身だし、陸上競技選手が好きだ。怪我で苦しむ陸上選手を救うことができたら楽しいかもしれない。」

「スポーツドクターになって、大好きな陸上選手に貢献しよう。」

そんな思いつきで、陸上選手専門のスポーツドクター志望ということで自分を納得させて、医学部受験生でを続けました。

今考えると、限定的過ぎて突っ込みどころ満載な目標です。

しかし霧の中でさまよっていた私は、目標という光の差す方角が見えていないと、精神的に耐えきれなかったのです。

 

勉強が出来ないことを周りに隠していましたので、虚栄を張るためにも、

「今年は無理でも、浪人して医学部を目指すよ」

と、周りの人に言っていました。

学力レベルは医学部受験どころではないくらいに低いくせに、

「医学部を受ける」

と言っておけば、格好がつくと思ったのです。

高校の存在意義とは

私の通っていた高校はいわゆる進学校でした。

教師たちにとって、自分の生徒を難関大学に現役で合格させることはステータスであるようでした。

高校のイメージを上げるためにも、

「うちの高校の生徒は毎年難関大学に受かっていますよ」

という分かりやすい実績を作りたかったのでしょう。

 

しかし本当に、高校の役割とは、大学受験予備校のようにとにかく生徒を難関大学に合格させることなのでしょうか?

高校生と言えば、ちょうど人間の人格が形成される大切な時期です。

そんな時に、

「難関大学に入学して、卒業後は大企業に勤めることが君たちの幸せだ」

などというメッセージを毎日のように浴び続けることが、本当に生徒たちの幸せにつながるのでしょうか?

 

良くある話なのですが、この場合も手段と目的が逆転してしまっていると言えるのです。

 

「ある生徒が、自分の夢を叶えるための手段として、〇〇大学の××学部に入る必要がある」
→「その大学がたまたま難関大学だった」
→「夢を叶える手段として高いレベルの学力が必要になる」
→「教師たちはそういう生徒を対象としたハイレベルな講義を行う」

 

こういう流れであれば自然だと思いますし、生徒自身も夢を叶えるために精一杯勉強すると思います。

しかし、そんな夢も目標もなく、本来単なる手段であるはずの

「難関大学に合格する」

ということが、「人生の目的」であるかのように指導してしまうのです。

しかも、教師自身や学校のステータスのためにです。

私は、そんな教師たちを心から尊敬することはできませんでした。

先生が我々生徒を愛しているとは感じませんでした。

 

自分はいったいどんな人間なのか?

自分がこの世に産み落とされた意味は何なのか?

自分にはどんな資質があるのか?

自分の資質を活かして、どうやったら世の中の人に貢献できるのか?

自分にとっての幸せとはどういうことなのか?

人を愛するとはどういうことなのか?

 

このような、多感な青年たちが抱く人間にとって大切で根源的な問いに、まずは生徒たちと同じ一人の人間として真摯に向き合って対話をすることが、教師の務めではないでしょうか?

その中で、生徒一人一人が自分なりの目標を持ち、夢を抱いて、それに向かって自分の力で走り出すことを応援することが教師の務めではないでしょうか?

 

その夢を実現するための手段として、難関大学に合格する必要があるなら、受験対策を手伝ってあげればよいと思います。

今年受からなくても、大学受験を浪人してまた何度でもチャレンジすればよい、焦る必要はないと教えてあげればよいと思います。

専門学校に行った方が良いならそれを応援してあげればよいと思います。

日本の伝統文化の継承者になりたいというのなら、それを応援してあげればよいと思います。

起業したいと思うなら、それを応援してあげればよいと思います。

アーティストになりたいなら、それを応援してあげればよいと思います。

 

それぞれの生徒が、世界に一つだけの資質を持っているということを認め、生徒の数だけ人生にはストーリーがあると教えてあげることが大切ではないでしょうか?

人の多様性の分だけ、人生には多様性があることを教えてあげることが大切ではないでしょうか?

人と違うことこそが自然であるということを教えてあげる必要があるのではないでしょうか?

高校を卒業したら、全員が大学に行って、全員がリクルートスーツを着て就職活動をして、全員がどこかの企業に就職してサラリーマンになるなんて、多様性がない不自然なことではないかと、投げかけてくる先生がいてもよかったのではないかと思います。

しかし、そんな先生は一人もいませんでした。

 

そんな、多様性のない人生のストーリーを歩むことができなかった、私のような生徒は、その数年後にうつになって立ち止まってしまうのです。

そして、高校生の時に考えるべきだった、人間の根源に迫る問いかけに、数年遅れで向き合うことになったのです。

 

 

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

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ありがとうございます。

 

 

1991年生まれ。

 

某大学の工学系の学科を首席で卒業後

東証一部上場の製造業の技術職に就く。

 

入社約半年でうつ病を発症し退職。

 

約1年間の無職療養期間を経て

近所の小売店でアルバイトを開始。

 

うつ病の発症から約2年後

主観的にうつ病は完治したと実感。

 

 

2019年現在

・週に30時間のアルバイト

・食料を半自給するための菜園の運営

・ブログの運営

の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは

 

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

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これからの人生を
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