初めて受けた実力テストでまさかの学年最下位【009】

どうも、てつです。

前回(高校で初めて受けた数学のテストで27点。虚栄を張り続ける日々。【008】)に引き続き、過去を振り返りながら私がうつになった原因を探っていきます。

今回は、高校1年生の実力テストで学年最下位になった時の話です。

勉強ができないのに塾に通わなかった

前回もお話ししたように、勉強では特別になれないと思った私は、勉強を頑張ることをやめました。

定期テストの勉強は、直前に詰め込むだけ詰め込んで、テストが終わればさっぱり忘れるという、その場しのぎなやり方を繰り返していました。

いつも虚栄を張って、自分の頭の悪さが周りの人にばれないようにとビクビクしていました。

在籍していた高校が進学校だったこともあり、周りの人たちは大部分が塾に入っていました。

勉強のできない私こそ、最優先で塾に入るべきだったのですが、塾に入ることに抵抗がありました。

中学の時から塾に一度も行ったことがなったことと、塾に行くことで周りのみんなに自分の学力の低さがばれてしまうことを恐れていたからです。

ありのままの自分に向き合わず、勉強することから逃げ回る日々を送っていました。

高1の冬に受けた校内実力テスト

そして、ついに自分の学力の低さが決定的にあらわになる事件が起きました。

それは校内で行われた実力テストでの出来事です。

初めての実力テストは高校1年生の冬休み明けに行われました。

出題範囲は、高校入学時から、冬休み直前までに授業で習った範囲です。

定期テストの度に、その場しのぎの勉強をしていた私にとって、かなりの無理難題でした。

そんな状況に置かれた私は、例のごとく、

「勉強をしないことによって、本気で勉強すれば自分だってできるんだ」

という可能性の中に逃げ込みました。

また、

「今更勉強したところで結果はさほど変わらない」

と思って、テスト直前にもかかわらず全く勉強しませんでした。

年末年始はゲーム三昧で、一日に十数時間プレイする日もありました。

そして、脳みそがとろけ切った状態で実力テストを受けました。

その結果、学年約280人中、最下位でした。

勉強をしていなかったとはいえ、自分がこの学年で一番学力がないと思うと、とても落ち込みました。

例のごとく、試験結果が人にばれないように隠し、自分が頭の悪い人間だとばれないように必死で虚栄を張っていました。

テストの結果は、友人にも、両親にも打ち明けられずに、自分一人で抱え込んでいました。

勉強から逃げて部活に打ち込む日々

私は、一層勉強へのやる気をなくして、その虚しさを埋めるように、部活動にのめり込んで行きました。

中学ではバスケットボール部だったため、陸上競技の経験が他の部員に比べて足りなかったものの、足りない経験値を読書で補うなどして、順調に自己ベスト記録を更新していきました。

そして、高校2年の夏になり、3年生の先輩が引退するとき、陸上の経験が浅いにもかかわらず、私は、次の世代の短距離ブロックのリーダーを任されるまでに成長したのです。

代々学年で一番短距離走が早い人がこの役職に就くという伝統がありました。

私の持ちタイムは、同期の中でも飛びぬけて良いというわけではありませんでした。

しかし、先輩たちは私の部活に対する姿勢などを見て、私に期待し、短距離ブロック長に私を任命しました。

任されたからには全力で任務を全うしようと思いました。

私が在籍していたころは、顧問の先生はいましたが、監督やコーチがいなかったので、生徒自ら練習メニューを作り、生徒同士で教え合うという、まるで大学の陸上サークルのような部でした。

短距離ブロック長というのは、実質的に「選手兼コーチ」という役職でした。

私の作った練習メニューで、短距離ブロックの選手全員がトレーニングをしていました。

そして、自ら作ったメニューですから誰よりも積極的な姿勢でトレーニングに励みながら、他の部員たちのランニングフォームなどの指導をしていました。

私は自己新記録を更新し続け、自分の尊敬していた先輩たちの最高記録を今にも追い越しそうな勢いでした。

個人としても100m走で県大会に出場し、チームとしてもリレーで県大会に出場するなど、進学校としては十分と言える成果を挙げていました。

部活がうまくいくほど勉強のダメさが際立った

陸上で成果を上げるほど、勉強ができない自分が浮き彫りになるようでした。

部活の中では、チームメイトからの信頼も厚く、後輩からも尊敬されるような、

「カッコいい自分」「特別な自分」

を演じることが、できました。

周囲の人からの評価が上がるほどに、私は勉強ができないありのままの自分を隠すようになりました。

後輩からは、

「こんなに陸上競技を真剣に頑張っているのだから、勉強も頑張っているのだろう」

と思われていました。

開き直って、勉強ができないということを打ち明けることができればよかったのですが、当時十代の私のプライドが、それを許しませんでした。

私の陸上競技に対する両親や伯父からの評価

両親や伯父も陸上競技経験者だったので、私の陸上競技の上達の早さや、レベルの高さを褒めていました。

陸上競技のレベルだけでは、優秀な父と伯父を超えることができました。

私は、陸上競技で再び「特別な自分」を演じることができたのです。

 

しかし、部活の引退と、大学受験はすぐそこまで迫っていました。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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