大人になるのが怖い・大人になりたくない思った中学3年生【005】

どうも、てつです。

前回(中学2年生で味わった強烈な挫折感。私を追い込んだ父の言葉。【004】)に引き続き、過去の記憶にさかのぼり私がうつを発症した原因を分析していきます。

今回は、私が中学生の時に死ぬほど働く父の姿を間近で見て、大人になるのが怖いと思った時の話です。

父を間近で見て大人になるのが怖いと思った

私の父は、エリートサラリーマンです。

私が幼い頃から大学生になるまでの十数年間、父は毎朝、私が起きる前には出勤し、毎晩私が寝てから家に帰ってきていました。

平日父に会うことはありませんでした。

休日はいつも疲れている様子でした。

毎日極限まで働き続ける父の姿を見て、私は大人になるのが怖いと思いました。

父と同じようなサラリーマンになるのは嫌だと思いました。

もちろん、父の稼いでくれたお金で毎日生活させてもらい、ここまで育ててもらったことには、とても感謝しています。

壊れ始める父の体

しかし、ある頃から平日の平均睡眠時間が4時間以下という無茶な働き方を繰り返したことがひとつの原因となって、少しずつ父の体が悲鳴を上げ始めました。

父はストレスが体の不調として表れる人間です。

長期的な耳鳴りに悩まされたり、体の一部が痒くてたまらなくなって、体を掻きむしったりしていました。

そして、

「飲まないとやってられない」

と言って、毎日かなりの量のお酒を飲んでいました。

ベッドまでお酒を持っていき、眠る直前まで飲酒し、毎日気絶するように眠っていました。

その後、49歳という若さで、深刻ながんを患うことになります。

母「うちは母子家庭だった」

母からは、今でもたまに

「うちは母子家庭だったよ。一番子育てが大変な時に、お父さんはいつも家にいなかった。何も手伝ってくれなかった。てつは一人目の子供だったから、私自身も子育てについて何もわからず不安だった。言葉の通じない小さな子供を相手に、一日中一人で向き合っていた。本当に辛かった。」

と言うようなことを聞かされます。

母は、小さな私を育てていた時に感じた、吐き出し口のない過度なストレスが一因となって、自律神経失調症やパニック障害を患いました。

2018年5月現在、症状はかなり治まっていますが、未だ完治には至っていません。

お金は手段であって目的ではない

自分の体を壊してまで、パートナーに心の傷を負わせてまで、会社で死ぬほど働くことに意味はあるのでしょうか?

会社に尽くしてその中で偉くなることは、自分の命や家族の健康よりも優先すべきことなのでしょうか?

もちろんお金はあるに越したことはありませんが、お金はあくまで手段に過ぎず、目的ではありません。

目的は幸せに生きることです。

そのための手段として、必要最低限のお金を稼げばよいのではないでしょうか?

あるいは、お金をなるべくかけずに幸せになる方法を真剣に考えるべきではないでしょうか?

あるいは、会社からお給料をもらう以外に、お金を手に入れる方法を真剣に考えるべきではないでしょうか?

私の感性ではそのように思います。

家族のために働いて体を壊し家族に迷惑をかけるという矛盾

家族を養うお金を稼ぐために、体を壊すまで必死で働いたのに、

パートナーの心に傷を負わせたり、

子供からあんな風になりたくないと思われてしまうなんて、

悲しすぎると思います。

 

私は、将来パートナーができて、子供を授かることがあれば、パートナーに

「うちは母子家庭だったよ」

などと、悲しいことを言わせてしまわないような人間になりたいと思いました。

自分の子供を産んでもらうのだから、寄り添って協力して、一緒に育てたいと思いました。

社会科の先生「社長になれ」

中学3年生になって、進学先の高校や将来の職業について悩んでいた時に社会科の先生から聞いたある話が、今でも印象に残っています。

それは、

「日本は起業する人がとても少ない。皆さん、大人になったら是非とも起業して社長になってください。日本をもっと元気にしてください。」

という内容の話でした。

「社長になれば、サラリーマンにならなくて済む。」

当時の私は単純にそう思いました。

町医者という自営業

当然、中学生の私には自営業を営んでいる社長との接点はありませんでした。

しかし、意外なところで、自営している人を見つけました。

それは、自分の診療所を持っている町医者です。

私のかかりつけのお医者さんは、そこまで忙しそうではなかったですし、早朝から深夜まで働いている様子もありませんでした。

「楽そうだし、儲かりそう。」

と、子供ながらに思いました。

将来の夢は(町)医者になること

そこで私は、開業した町医者をイメージして

「将来、医者になる」

と周りの人に宣言しました。

私の「まじめな優等生」というキャラクターや、将来優秀な人間にならなければならないという自分の思い込みなども、医者になるという目標と噛み合っていました。

両親や親戚にも喜ばれたので、「他者から期待される自分」という基準で考えても、医者という目標は申し分なかったのです。

後に、医者の多くは勤務医であり会社勤めのサラリーマンと変わらないことや、医者でも開業するのはとても大変であることを知りました。

また、人の命を扱う仕事の大変さなどに直面し、思い悩むことになりますが、それらについてはこれから書く記事で少しずつ紹介していこうと思います。

(追記:勤務医の労働環境や医者という職業の大変さを思い知った病院見学の記事はこちら)

あんな大人になりたくない

幼少期から大学時代に至るまで、周りの大人たちは私に、

「子供のうち、学生のうちに思う存分遊んでおくといいよ。大人になると時間も余力もなくなって、遊んでいられなくなるから。楽しいのは今のうちだけだよ。」

とよく言いました。

そんな風に言われて、私はいつも

「大人になりたくない」

と思っていました。

 

私の父のように死ぬほど働いて体を壊して、

さらにはパートナーに心の傷を負わせて、

「楽しいのは今のうちだけ」

などと、子供に吹き込むような人間に、私はなりたくないです。

こんな人間でありたい

私は、子供たちに、

「未来は明るい。」

「大人になるのは楽しい。」

と胸を張って言えるような人間になりたいです。

子供に未来への希望を、背中で語れるような人間になりたいです。

子供から尊敬される生き生きとした人間になりたいです。

 

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

詳細な自己紹介はこちらのリンクからどうぞ。

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