中学2年生で味わった強烈な挫折感。私を追い込んだ父の言葉。【004】

どうも、てつです。

前回(中学時代のブラック部活で私が経験したパワハラの具体例を紹介【003】)に引き続き、私がうつになった原因を過去の記憶を振り返りながら分析していきます。

今回は、当時優等生キャラだった私が、中学の定期テストで初めて味わった強烈な挫折の物語です。

数学の定期テストでの挫折

中学2年生の時、私のうつが発症する過程において大きな影響力を持つことが起きました。

それは2学期の数学の定期テストでの出来事です。

小学生の時から、あまり計算が得意ではなかったのですが、その苦手が一気に浮き彫りになる出来事が起こりました。

連立方程式のテストで、51点を取ってしまったのです。

数学以外の科目も含めて、中学でこれまで受けてきたテストは悪くても80点近く取れていたのですが、初めて平均点を下回る点を取りました。

採点された答案を受け取った瞬間に頭が真っ白になり、点数が人にばれないように必死で隠しました。

「まじめな優等生」というキャラクターを演じ、将来は父のように優秀な人間にならなければならないと思い込んでいた私にとって、このことは耐えがたい汚点であるように感じられました。

当然両親にも、答案が見つからないように必死で隠しました。

しかし、結局学期末になって成績が発表されたときに、数学でひどい点を取ったことが親にばれました。

初めて5段階評価で3を取りました。

父「やればできる。やらないからできないんだ。」

その結果を素直に受け入れて、「自分は数学が苦手である」ということを認めることができれば、私の未来は変わっていたかもしれません。

しかしそれは許されませんでした。

落ち込んでいる私に

「やればできる。やらないからできないんだ。やる気の問題だ。かけた時間の問題だ。てつに数学の資質がないのではなく、単に数学にかけた時間が足りなかったんだ。」

と父は言いました。

当時の父に今の私が反論

今の私が当時の父にひとこと言わせてもらいます。

「人間が物事を習得する際には、

  • 好き・興味がある→無意識のうちにたくさん繰り返す→得意になる
  • 嫌い・興味がない→無意識のうちに避け続ける→苦手になる

といういう流れになるのが自然で、それに逆らう不自然な行為だと思いますがいかがですか?

好き・嫌いということを感じるのはその人の感性であり、才能のつぼみです。

もともと嫌いなことをいくら頑張っても、それがもともと好きな人がその才能のつぼみを成長させて開花させた状態に追いつくことは、かなり厳しいと思います。

苦手を克服することに、貴重な人生の時間を浪費するくらいなら、好きなこと、得意感があることをさらに磨いて、自分の強みに変えていく方がよいと思いますが、どう思われますか。」

と問いたいです。

 

さらに、今の私が当時の私にアドバイスするとすれば、

「苦手科目は最低限、単位が取れるくらいにやっておけばいいよ。5段階評価で3が取れたってことは、合格ってこと。安心して。苦手なのによく頑張ったね。十分だよ。」

と言います。

愛に偽装された親の欲望

さて、話が逸れましたが、元に戻します。

数学ができる人は、できない人の感覚が理解できないようです。

難しい数学の問題は解けても、目の前で落ち込んでいる息子の気持ちに寄り添うことが出来ないのです。

父としては、私を励ますつもりで言ったのでしょうか。

はたまた、自分の息子なのだから数学ができないはずがないと思い込んでいたのでしょうか。

それとも正論によって私の吐いた弱音を封じ込めたかったのでしょうか。

いずれにしても、ありのままの私を見ようとはせず、実際に私がとった成績を正面から受け止めず、

「あるべき自分の息子像」を私に強要してきたのでしょう。

もし私を愛していたのなら、ありのままの私を見て、

「数学はあまり好きじゃないのか。数学なんてできなくたって生きていかれるから、てつは、てつらしく、自分の好きな科目や得意なことを精一杯やったらいいよ。専門的な仕事以外は、電卓を使って、足し算・引き算・掛け算・割り算ができれば何とかなる。計算が苦手でも、数学が苦手でも気にするな。数学が必要な時は、数学が得意な人の手を借りればいいんだよ。」

そんな風に声をかけてくれたのではないでしょうか。

当時、父は「あるべき自分の息子像」という自分の欲望を、

「てつのためを思って言っているんだよ」

と、親の愛に偽装して、私に押し付けてきたのだと思います。

子供にとって親からの影響力は強大

子供にとって、親は神に等しい存在です。

見捨てられたら生きていかれませんから。

親の言うことは、子供にとって絶対なのです。

それくらい大きな影響力を持っています。

そんな父の言葉により、私は苦手科目を持つことが許されなくなりました。

本当は計算が苦手で、数学的な思考力も低いのに、それを隠して生きていかざるを得なくなりました。

「ありのままの自分」と「あるべき自分」

それからの私は、ありのままの自分が数学が苦手であるという事実を、捻じ曲げて、気づかないふりをして、生きていくことになります。

「まじめな優等生」を演じ続けるためには、そうするしかなかったのです。

中学2年生の、この事件をきっかけに、私の中には、

「あるべき自分」と「ありのままの自分」が生まれました。

「あるべき自分」とは、常識・世間体・他者からの期待・他者との比較など、自分の外側にある基準によって作り出される、「自分はこのような人間であるべきである」というイメージのことです。

「ありのままの自分」とは、持って生まれた資質や、主観的で直感的な自分の感性のことです。
「あるべき自分」を押し付けられて変形してしまう前の、自然な状態の自分のことです。

今回の例で言えば、

「あるべき自分」の言い分は、

  • 父から求められるような人間にならなければならない
  • 数学が苦手なことは許されない
  • まじめな優等生でいなければならない
  • 将来は父のように優秀な人間にならなければならない

となります。

「ありのままの自分」の言い分は、

  • 小学生の時から計算が苦手だった
  • 計算がたくさん含まれる連立方程式のテストができなかった
  • 数学は面白くない
  • 数学は苦手だ

ということになります。

後に、私の中にあるこの「あるべき自分」暴走が、

  • 高校での文系理系の選択
  • 大学進学先の選択
  • 就職先の選択

などに大きな影響を受けること、

さらにはうつの発症にまで大きな影響を与えることを、

当時13歳の私は、知る由もなかったのです。

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プロフィール

てつと申します。

 

1991年生まれ

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の機械部品メーカーに就職

入社約半年でうつを発症し退職

1年ほどの無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始

うつ発症から約2年後、主観的にうつは完治したと実感

2018年現在、
・週に35時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

私がうつ病を発症した原因の分析、うつのどん底から立ち直った方法、

うつを通して得られた人生に対する深い気付き、

うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

 

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