未経験者可の求人を専門に扱うわかものハローワークに通った話【054】

調子に乗って

筋トレとジョギングで体を追い込んだら

全身筋肉痛で息をするだけで痛い…。

どうも、てつです。

前回の記事【053】では最寄りのハローワークで「未経験者可の求人を専門に扱う」わかものハローワークを紹介された話をしました。

今回は実際に初めてわかものハローワーク(以下、わかハロ)に行った時の話です。

初めてのわかハロ

事前にわかハロに連絡をし予約を取ったうえで

2016年1月に

私は初めてわかハロに足を踏み入れました。

 

受付で

「先日予約した、てつと申します。本日初めて利用します。」

という旨を伝えたところ

すでにスタンバイをしていた

キャリアカウンセラーさん(以下、Yさん)の

個別ブースに通されました。

 

 

私「初めまして。てつと申します。」

Y「初めまして。Yと申します。今日からてつさんを担当いたします。よろしくお願いいたします。どうぞ、こちらにおかけください。」

私「失礼します。こちらこそよろしくお願いいたします。」

 

当時の心境を思い返すと

何とも言えない脱力感に苛まれます。

 

うつ病になり新卒で入った会社を

たった半年で辞めた私のような人間を

採用してくれる会社など

どこにもないと思っていました。

 

とにかく自己否定的な考えに

取りつかれていました。

 

初めてわかハロに行った日は

緊張のし過ぎで

手先足先は氷のように冷たくなり

脇や尾てい骨のあたりには

暑くもないのに大量の汗をかいていました。

 

つまり自律神経が乱れていました。

 

私は「良き再就職希望者」を演じるために

Yさんには

「うつ病になり会社を辞めましたが、今はもう大丈夫です。」

と伝えました。

 

当然うつ病は完治していなかったのですが

「もう働ける」という診断書を発行してもらい

就職活動をしているという立場上

そう言わざるを得なかったという側面があります。

 

わかハロを知ったきっかけや

前職を辞めた理由について

そして父のがんの話や

1か月前に亡くなった祖母の病気やその看病についてなど

当時自分の置かれていた状況について詳しく説明しました。

 

(ブログでは

触れるタイミングがなかったのですが

祖母は2015年12月にこの世を去りました。

 

人間は死ぬと息をしなくなること

火葬されたら

小さな骨壺に収まるくらいの

骨しか残らないことなど

死について祖母から深く学びました。)

 

ひとしきり話し終わったところ

「そんなに辛く苦しい経験をしたのに、よく今そうやって冗談交じりに笑顔で話すことができますね。それはものすごいことだと思いますよ。」

と言われました。

 

深刻に説明しても同情を買うだけだと思い

あえて淡々と冗談交じりに話したのが

相手に伝わっていたようでした。

 

Yさんは私の気持ちに寄り添い

親身になって

話を聞いてくれました。

 

少しだけ気持ちが軽くなりました。

そして、Yさんを信じて

就活を頑張ろうと思いました。

 

一般的なハローワークとは違い

わかハロは完全予約制で

完全個別指導制でした。

 

サポート期間は3か月で

担当のキャリアカウンセラーさんから

週に1回の50分の指導を受けながら

2人3脚で再就職を目指す仕組みになっていました。

適職検査

通い始めてすぐの頃

私はわかハロにある専用のパソコンを使い

適職検査を受けました。

 

様々な質問に答えることで

私自身の興味関心の範囲や得意感のあること

苦手意識のあることなどの

洗い出しを行いました。

 

その時一番高く出た興味領域は

「自営業」でした。

 

サラリーマン時代の苦悩や

幼いころから抱えていた

「自分はマイノリティーである」という意識が

影響したのだと思います。

 

しかし、わかハロは

就職支援の施設であり

自営支援の施設ではありません。

 

当然、2番目以降の興味領域から

職業を絞ることになりました。

能力検査(GATB)

能力検査(GATB)はその人の

語彙力・計算力・画像認識能力・論理的思考能力・行動の緻密さなどの

「能力」を測定するものでした。

 

私が受けたテストはGATBと呼ばれ

もともとアメリカ軍の人員配置の際に

「個々人の能力を調べ適切な人材を適切な部隊に配置する」

ということを目的に作られた検査が

原型となっているそうです。

 

検査の結果

「特殊な例を除き、能力的には、ほぼすべての職業に就くことができる」

という判定がされました。

 

「こんなに優秀な成績の人はなかなかいないから驚いたよ。君が望めばどんな職業にもつけるよ。素晴らしい。」

とYさんからは言われました。

 

Yさんからは賞賛されましたが

自分で自分を認めることができなかった私の

心には全く響きませんでした。

就きたいと思える職業がない

適職検査で調べた興味の範囲と

能力検査で調べた能力の範囲を

重ね合わせて

私の適職をあぶりだしました。

 

そして、それに対応するような職業の求人情報を

Yさんがいくつも見つけくれて

私に紹介してくれました。

 

しかし、どれもピンときませんでした。

Yさんに対して、申し訳なく思いました。

 

当時の私は

自分が何をしたいのか

何が好きなのか

何に興味があるのかすらも

わからなかったのです。

 

自分の本音を押し殺し

ただやるべきことを遂行することに

徹し続けた弊害です。

 

「あの会社で経験したような苦しみを二度と味わいたくない。」

「後ろめたい思いをしてまで、自分の健康を犠牲にしてまで、働きたくない。」

「でも、現実は甘くない。そんなことは許されない。」

そんな思いが頭の中に渦巻いていました。

 

「Yさんに能力は十分あると言ってもらえたのに、就きたい職業がないなんて自分はなんてダメな人間なのだろう。自分はなんて幼い人間なのだろう。きっと罰が当たる。」

そんな考えが頭をよぎりました。

 

「自分は今の社会に適応できない、欠陥人間なのだな。」

と思いました。

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プロフィール

てつが自給菜園で育てた愛しい夏野菜ちゃんたち

てつと申します。

このブログに訪問していただき、ありがとうございます。

1991年生まれ。

某大学の工学系の学科を首席で卒業後、東証一部上場の製造業の技術職に就く。

入社約半年でうつ病を発症し退職。

約1年間の無職療養期間を経て近所の小売店でアルバイトを開始。

うつ病の発症から約2年後、主観的にうつ病は完治したと実感。

2019年現在、
・週に30時間のアルバイト
・食料を半自給するための菜園の運営
・ブログの運営
の3つの活動を中心に生活している。

 

このブログでは、

・私がうつ病を発症した原因の分析

・うつ病のどん底から立ち上がるまでの物語

・うつ病を通して得られた人生に対する深い気付き

・うつ病経験者としてこれからの人生をどう歩んでいくかの思索

などを紹介しています。

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